「おっさん、痴漢したよね」無実の男性を痴漢冤罪で陥れた22歳女性が背負わされた"前科" 『子供部屋同盟』3章②

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直人はパソコンの前で頭を抱えて奥歯を噛みしめた。腹の中に溜まった憎悪が込み上げてきて喉が焼かれるようだった。

清美の慣れた口ぶりからして、おそらく奴は飲みの席で何度もこの話をしている。そしてネット記事を見せて、私を笑いものにしている。私の平凡な幸福を奪ったこの小娘は、なんの懲罰も受けずに社会を舐め腐って生きているのだ。

直人は以前に若林が話していた、SNSの呟きのスクショ画像も何枚か送ってもらった。清美の呟きを見て、直人は顔面を硬直させる。

──裁判とかダルイから、示談してくんないかな

──示談金って五十万くらい?

──五十万くれんなら許してやってもいいかな

おっさん、ネット記事になってて草

投稿日はどれも昨年の二月半ばで、つまりは直人が留置場にいたころだ。直人が檻の中で囚人のような生活をしていたとき、あの女はこんな投稿をしていたのだ。そして起訴された付近の日付では、こんな呟きをしていた。

──おっさん、ネット記事になってて草

──会社クビになんのかなw

──でも悪いことしたんだからしょうがないよねwww

直人は再び頭を抱えて奥歯を噛みしめる。やはり運が悪かったなどと言って片づけることはできない。強請りが成立しても、若い女だと金額はたかが知れていると若林からは聞いている。少額でもかまわない。奴に私からの懲罰を与えたい。私の中の憎悪の炎が消えない限り、平凡で幸福な生活を取り戻すことなど不可能だ。

翌週、再び若林から連絡がきた。

──朗報です、ようやく加藤清美の弱みを握りました。

──加藤清美はレア出勤で、池袋のデリヘル店に勤務していますね。店名は池袋ミルクセーキ、源氏名はユリナ。もちろんデリヘル勤務は違法ではありませんが、これをネタに強請ることはできます。彼氏なり家族なりには、内緒で勤務していることでしょう。

──ただ、正直デリヘル勤務じゃネタとして弱いですね。強請りが成立するかどうかは微妙な線です。成立しても、せいぜい五十万程度でしょう。吉田さんには大赤字です。いかが致しますか?

直人は五十万でもいっこうにかまわなかった。金が欲しいのではない。奴に懲罰を与えたいのだ。「強請りを依頼します」直人はパソコン画面に打ち込み、エンターキーの上に指先を置く。

しばらく画面を見つめたのちに、指先を持ち上げ、いつかと同じように頭を抱え込んだ。

数分後、直人は打ち込んだ文言をすべて削除した。

次のように打ち込み、エンターキーを押す。

──調査はここまでで充分です。約束通り、着手金をお支払いします。有益な情報をありがとうございました。

高橋 弘希 小説家

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たかはし ひろき / Hiroki Takahashi

小説家。青森県十和田市生まれ。2014年、『指の骨』で第46回新潮新人賞を受賞。2017年、『日曜日の人々(サンデー・ピープル)』で第39回野間文芸新人賞を受賞。2018年、『送り火』で第159回芥川賞を受賞。他の作品に『朝顔の日』『スイミングスクール』『高橋弘希の徒然日記』『音楽が鳴りやんだら』などがある。

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