秀吉に鶴松が誕生→兄弟の関係に変化? 《大河『豊臣兄弟!』主人公・秀長の生涯》一時は険悪な空気も…熊野山の材木事件とは?
同年7月、北条氏直は降伏を決意し、小田原城は開城。氏直の父・氏政、その弟・氏照らが責任を負って切腹し、氏直は徳川家康の娘婿だったことから助命され、高野山に送られました。
小田原攻めの間、秀吉は秀長に手紙を送っており、戦況報告と秀長の体調を気遣う内容が書かれていました。この間、秀長の体調は少し快復したようで、5月には母・大政所と妻(慈雲院)とともに東大寺を訪れています。
7月に秀吉が凱旋すると、これを出迎えるため上洛しました。秀吉も、秀長の顔を見てホッとしたのではないでしょうか。一時は2人の間に険悪な空気が流れましたが、関係は改善されたのかもしれません。
【マンガ】最後の総仕上げ〜秀吉、関東へ
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