「この給料泥棒が!」部下を罵倒し続けた38歳パワハラ上司が"社会的に"抹殺された恐怖の復讐劇 『子供部屋同盟』1章③

✎ 1 ✎ 2 ✎ 3
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

と、ふいに太一の視界に入ったのは、ホームの白線の外側のさらに向こう側、隣のホームの立ち食い蕎麦屋だった。スーツ姿の会社員六人が横並びになって、こちらへ背を向けて蕎麦を啜(すす)っていた。彼らの姿を見るや否や、どういうわけか太一はその場にへなへなと座り込んでしまった。

目の前を、轟音を響かせて特急列車が通り過ぎていく。

太一はよろめきながらどうにかベンチへ引き返すと、両手で頭を抱えて、次の各駅停車の到着を待った。両目は手の平で覆われているので、視界は暗闇に鎖(とざ)されている。眼球を圧迫しているせいか、暗闇の中には紫色の小さな光が見えた。

その闇と紫を見つめるうちに、ある記憶が浮かび上がってくる。

紫色のたまねぎ、日の光の届かない深海、異様な掲示板──。

おめでとうございます。L38番さんの動機は…

     *

──通信部のジョン・万次郎です。

──おめでとうございます。L38番さんの動機は、我々、子供部屋同盟に認められました。

──西野友和、まったくとんでもない男ですね。草むしりや宴会芸のくだりは、通信部のわたくしですら図らずも殺意を抱いてしまいました。こんな人格破綻者を生かしておく道理はありません。

──即刻ぶっ殺すべきです! 絶対にぶっ殺すべきです! 速やかにぶっ殺すべきです! こいつをぶっ殺せるのかと思うと、わたくしも俄然興奮してきました。年甲斐もなくわくわくしてきました。あぁ、早くぶっ殺したい、ぶっ殺して気持ちよくなりたい……。

──失礼、少々、取り乱しました。そもそもL38番さんの希望は、レベルAでしたね。西野を殺害することに決めたなんて一文から始まるもんですから、てっきりレベルSかと思っちゃいましたよ。

──でも社会的にぶっ殺すというのも、趣があってわたくしは好きですよ。芭蕉の俳句のような趣がありますね。古池や、蛙ぶち殺す、鈍器の響き、字余り。うーん、あんまり巧(うま)くないですね。

──で、西野の件ですが、すでに諜報部が彼の個人的な情報を抜いています。同時に、社会的にぶち殺せるだけのいくつかの材料を得ています。

──西野友和、三十八歳、埼玉県川越市××町五の五、ニューレジデンス二〇五号室在住、日成台不動産エリア・マネージャー。彼は空手の有段者でもあるそうですね。そこで今回の執行は、実務部のタイソン二世が適任かと思われます。執行によってすべての材料が揃うことでしょう。

──執行は十月十日の午後九時、その様子はライヴ配信するので、ぜひとも子供部屋同盟の子供テレビにてご視聴ください。

──では、執行日をお楽しみに。

高橋 弘希 小説家

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

たかはし ひろき / Hiroki Takahashi

小説家。青森県十和田市生まれ。2014年、『指の骨』で第46回新潮新人賞を受賞。2017年、『日曜日の人々(サンデー・ピープル)』で第39回野間文芸新人賞を受賞。2018年、『送り火』で第159回芥川賞を受賞。他の作品に『朝顔の日』『スイミングスクール』『高橋弘希の徒然日記』『音楽が鳴りやんだら』などがある。

この著者の記事一覧はこちら
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事