と、ふいに太一の視界に入ったのは、ホームの白線の外側のさらに向こう側、隣のホームの立ち食い蕎麦屋だった。スーツ姿の会社員六人が横並びになって、こちらへ背を向けて蕎麦を啜(すす)っていた。彼らの姿を見るや否や、どういうわけか太一はその場にへなへなと座り込んでしまった。
目の前を、轟音を響かせて特急列車が通り過ぎていく。
太一はよろめきながらどうにかベンチへ引き返すと、両手で頭を抱えて、次の各駅停車の到着を待った。両目は手の平で覆われているので、視界は暗闇に鎖(とざ)されている。眼球を圧迫しているせいか、暗闇の中には紫色の小さな光が見えた。
その闇と紫を見つめるうちに、ある記憶が浮かび上がってくる。
紫色のたまねぎ、日の光の届かない深海、異様な掲示板──。
おめでとうございます。L38番さんの動機は…
*
──通信部のジョン・万次郎です。
──おめでとうございます。L38番さんの動機は、我々、子供部屋同盟に認められました。
──西野友和、まったくとんでもない男ですね。草むしりや宴会芸のくだりは、通信部のわたくしですら図らずも殺意を抱いてしまいました。こんな人格破綻者を生かしておく道理はありません。
──即刻ぶっ殺すべきです! 絶対にぶっ殺すべきです! 速やかにぶっ殺すべきです! こいつをぶっ殺せるのかと思うと、わたくしも俄然興奮してきました。年甲斐もなくわくわくしてきました。あぁ、早くぶっ殺したい、ぶっ殺して気持ちよくなりたい……。
──失礼、少々、取り乱しました。そもそもL38番さんの希望は、レベルAでしたね。西野を殺害することに決めたなんて一文から始まるもんですから、てっきりレベルSかと思っちゃいましたよ。
──でも社会的にぶっ殺すというのも、趣があってわたくしは好きですよ。芭蕉の俳句のような趣がありますね。古池や、蛙ぶち殺す、鈍器の響き、字余り。うーん、あんまり巧(うま)くないですね。
──で、西野の件ですが、すでに諜報部が彼の個人的な情報を抜いています。同時に、社会的にぶち殺せるだけのいくつかの材料を得ています。
──西野友和、三十八歳、埼玉県川越市××町五の五、ニューレジデンス二〇五号室在住、日成台不動産エリア・マネージャー。彼は空手の有段者でもあるそうですね。そこで今回の執行は、実務部のタイソン二世が適任かと思われます。執行によってすべての材料が揃うことでしょう。
──執行は十月十日の午後九時、その様子はライヴ配信するので、ぜひとも子供部屋同盟の子供テレビにてご視聴ください。
──では、執行日をお楽しみに。
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