「佐藤さん、あまり気を落とさないほうがいいですよ。西野AMは確かにやり手ではありますが、あんな言い方もない」
太一はその何気ない言葉に涙が出そうだった。
「いいえ、坂戸営業所の業績不振は事実です。二年半その状況を好転できなかったことも事実です。業績を上げるために最善を尽くす、西野AMの考えは基本的に正しいものと思います」
「まぁ、確かに正しいことは正しいですけど──」
と、事務職員のスマホが鳴った。
「あ、失礼、アプリでちょいと馬券を買ってましてね」
サクラカイオーか、はたまたハートカメオか、などと言いつつ、事務職員は足早に会議室を出ていった。
今の環境から逃れられる、たった一つの方法
その日の帰路、電車の吊り革につかまって車窓の向こうの夕景を眺めるうちに、自分にはもう西野を殺せるだけの力が残されていないことに気づいた。
あのニッケルメッキの文鎮を握り締めたときのガソリンが燃えるような憎悪が、再び訪れることはない。西野を殺せないなら、俺は今の環境で生きるしかない。それも到底無理なことだった。
車窓の向こうを流れていくビル群を見つめながら、一つだけ簡単に今の環境から逃れられる方法を見つける。それはニッケルメッキの文鎮で西野の頭をかち割ることより、はるかに簡単な行為だった。
某駅で電車を降りると、駅構内のベンチへ座り込んだ。無為に何本かの電車を見送り、やがて駅構内に特急電車の通過を知らせるアナウンスが響く。
──白線の内側へとお下がりください。
おもむろにベンチから立ち上がると、白線の外側へ向かってふらふらと足を進めていく。
あの白線の外側へ達すれば、俺はこの状況から逃れることができる。右足、左足、と交互に足を動かすだけで、俺は社訓写経もお使いも草むしりも定例会議もない平穏な場所へ行くことができる。



















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