カレーのココイチ、創業家の鮮やかな引き際 超優良企業がハウス食品の傘下に入る意味

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店舗が全日本に広がってからも、2人のハードワークぶりに変化はなく、店舗を見回っては掃除が完璧ではないと、清掃具をもって掃除を始めることもあったそうだ(もちろん社員にとめられた)。バブル期にも堅実すぎる経営を続け、なんら無駄な経費を使わなかった。直美さんは雑誌のインタビューに「うちは飲み屋さんの領収書が1枚もない会社ですから、国税局が入ったときには、2回とも1円の修正もなかったのよ」と答えている(雑誌「2020AIM」2000年12月号)。

年間5000時間以上も仕事に費やす

宗次徳二さんは、早朝に出社し1日に約1000通も届くお客様アンケートにすべて目を通し、コメントつきで店長にFAXしていた。時間があれば自社店舗をつぶさに見て回り、現場の改善にすべてを捧げた。仕事とは無関係ゆえに、趣味がなく、また友人をつくることを自らに禁じていた。

年間5000時間以上を働き、元旦には休むとはいえ、大晦日から元旦にかけて経営目標を立てたのち、であった。その働きぶりの極端さは、ある意味、感動的なほどだ。今回、この記事を書くにあたって宗次徳二さんの資料をまとめて再読していたとき、私は胸が熱くなった。

宗次さんはもちろん、単なるハードワークだけではなく、経営上の発明も行った。「ブルームシステム」と呼ぶ独特のフランチャイズシステムだ。ブルームとは「開花する」意味を持つ。ブルームシステムとは、いわゆる「のれん分け」制度で、壱番屋に入社後2年で独立できる仕組みで、全国に急拡大してきた。

2009年からは「ストアレベルマーケティング」という手法も展開する。これは、いわば地域戦略であり、それぞれの店舗が商品を開発し、それを全国展開する仕組みだ。現在、コンビニエンスストアであっても、たとえばセブン-イレブンは全国均一展開するプライベートブランドの品質向上とともに、地域限定商品を将来的には50%以上に引き上げようとしている。

飲食店とはコンビニエンスストア以上に地域に根付かなければならない。フランチャイズシステムを有しつつ、全国一律の店作りを志向しない”面白さ”がそこにはある。今のココイチの土台は、こうやって作り出された。宗次さんはカレー専門外食チェーンで圧倒的な地位を築いたカリスマ経営者といっていい。

10月30日の記者会見に臨んだ壱番屋の浜島俊哉社長(左)とハウス食品グループ本社の浦上博史社長。2人は笑顔を交わし合うなど、両社の緊密さを感じさせた(撮影:風間 仁一郎)

10月30日の会見で壱番屋の浜島俊哉社長は、「単独でやっていくのが難しいのか」という質問に対して、「もう少し長いレンジでモノをみている。創業者が亡くなったときのことも考えて、株を安定的にしっかり持ってくれるハウス食品に任せるのがいいだろう」と答えた。

カリスマ経営者が大きくした企業には後継者問題の難しさがある。創業者であればなおさらだ。そして創業者自身が「自分のつくった会社は竈(かまど)の下の灰まで、すべて自分のモノ」という意識を持って、仮に一線を退いても名誉職で残ったり、大株主であり続けたりして影響力を発揮することがある。血縁関係だけで才覚もない身内に継がせて、経営がおかしくなる企業も枚挙にいとまがない。

一方で、会社側も創業者やカリスマ経営者だからこそ、その手腕にいつまでも頼ってしまうケースもある。ただ、それでは大きく時代が変わっていく中で新しい発想を採り入れられずに、商機を逃してしまうような場面もありうる。

ココイチは創業家が経営の重要事項に今後は原則としてかかわらない方向で、一線を引いた。会社も創業家も覚悟したうえでの決別なのだろう。後々振り返ったときに、この決断が「鮮やかな引き際だった」と賞賛される日が来るかもしれない。

坂口 孝則 未来調達研究所

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さかぐち・たかのり / Takanori Sakaguchi

大阪大学経済学部卒。電機メーカーや自動車メーカーで調達・購買業務に従事。調達・購買業務コンサルタント、研修講師、講演家。製品原価・コスト分野の分析が専門。著書も多数。

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