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大阪万博の展示品はこのあと、どこへ行くのか? 熱狂も冷めやらぬなか、パビリオンや設備の移設先が続々と決定、その背景

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  • 林 信行 フリージャーナリスト、コンサルタント

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閉幕2日後に訪れた大阪・関西万博会場ではすでにパビリオンの解体作業が始まっており、劇場のようなフランス館の側面も剥がされはじめていた(筆者撮影)
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大阪から世界へ。世界に広がる万博のハードレガシー

1970年の大阪万博のハードレガシー(物理的な遺産)というと「太陽の塔」しか知らない人が多いかもしれない。しかし、実はそれ以外にもたくさんのレガシーがあった。55年の歳月を経て、再活用施設そのものが無くなってしまった事例が多いが、当時のベトナム館を移築した広陵町自治会(兵庫県)館集会所や当時のサンヨー館の屋根と梁を生かしたカナダの名門校、ブリティッシュ・コロンビア大学「アジアセンター」など現役で活躍する施設もある。

わずか半年の展示のために、国の威信をかけた建造物が作られる万国博覧会。そこで使われた建造物を残そうとする動きは当初からあったようで1851年のロンドンでの第1回万国博覧会でもクリスタル・パレスというパビリオンがサウスロンドンに全面移築された(1936年に焼失)。

1900年のパリ万博は多くのレガシーを残した。今日でも多くのアートやファッションイベントが開催されるグラン・パレやアール・ヌーヴォー調の地下鉄の入り口、マルク・シャガールらも住んだ集合アトリエ兼住宅のラ・リューシュなどが125年を経た今でも活用されている。

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