世界初、iPS細胞を使って失明を防ぐ 加齢黄斑変性の治療で経過は良好
この網膜色素上皮細胞が分泌するPEDFという因子には、分裂している細胞を殺す作用があって、腫瘍ができるのを抑えます。環境も重要で、同じがんの細胞を移植しても、がんがどんどん育つ場所とあまり増えない場所があるのですが、網膜の中には、白血病の治療の抗腫瘍剤としても使われるレチノイン酸という物質がいっぱいあります。そのため、目の中ではほとんど腫瘍はできず、育たない。作ろうとしてもできなかったくらいなのです。
眼科医であれば知っている、そうした好条件を考慮に入れずに、遺伝子変異の話ばかりが注目されることに困っているのが実情です。
悪化するリスクと手術のリスク、総合的に考えて
――網膜色素上皮以外の細胞を使う場合にも、遺伝子変異のことはあまり気にしなくてもよいのでしょうか。
網膜色素上皮が特別なのです。ほかの臓器細胞には、遺伝子変異があったらリスクが高まる細胞もあります。もちろん、遺伝子変異を起こしにくい方法を取らなければなりませんが、培養の過程で遺伝子変異が起こる可能性を完全になくすことは難しい。網膜色素上皮細胞以外では、やはり相当しっかりとチェックしないといけない。
ただ、少々遺伝子がおかしくても、躍起になって遺伝子の検査を5000万円もかけて行うのは、患者さんにとっていいことではないですよね。現在かかっている病気が悪化するリスクと腫瘍ができるかもしれないリスク、時間とコスト。そのあたりをトータルで考えられる人が増えないと、他の細胞に広げていくのが難しくなってしまいます。
――日本では、リスクを心配して「やめろ」という声が大きいように思います。
そうなんですよ。「外に出たら交通事故に遭うかもしれないから、やめろ」と言われても、患者さんは外に出て治療したいわけですよね。病気が進行するリスクや治療を望む患者さんたちの権利を毀損していることも考えなくてはいけません。
網膜の細胞は本当に特殊なので、遺伝子が少々おかしくても腫瘍にならないということがわかっています。そのような細胞だからiPSの最初の臨床研究に選んでいるのですが、そういう議論を考慮せずに、「遺伝子の変異だから危険だ」と言う人が日本には多い。遺伝子治療などの新しい治療が日本で育たなかった現実を振り返るべきだと思います。