日本発の再生医療は「iPS」だけじゃない 「細胞シート」の果たす役割を開発者に聞く
山中伸弥教授のノーベル賞受賞を機に、日本の再生医療に火がついた。2014年9月には、理化学研究所の髙橋政代プロジェクトリーダーの開発したiPS由来の網膜色素上皮を使った加齢黄斑変性治療が行われた。だが、再生医療はiPSだけではない。皮膚やひざ軟骨など自分の細胞を培養し自分の治療に使う技術はすでに実用化されているし、心筋や食道上皮、角膜など、iPSを使わず自己の別の組織から取った細胞を培養してパッチする研究も実用化の研究が進んでいる。
こういった最先端の再生医療の発展には、それを支える工学的な技術も重要になるが、そこでも日本発の技術は数多い。岡野光夫・東京女子医大名誉教授が開発した温度応答性細胞シート培養器材(温度応答性高分子ポリマーを、滅菌プラスチック製のシャーレの表面にナノレベルで均一に固定したもの。ポリマーは、32度以下の水に触れると親水性が高まるが、32度を超えると疎水性が高まる。この性質を利用して、細胞シートをきれいにシャーレからはがすことができるようになった)も、再生医療にとって欠くことのできない重要な器材だ。
100%くっつく細胞シートの実用化進む
――細胞シートを使った再生医療はどこまで進んでいますか。
1990年に、培養皿の表面の温度を変えるだけで、培養した細胞シートを、酵素を使わずにすーっとはがす技術を世界で初めて作った。それ以来、角膜、食道、心臓、歯根膜、軟骨、中耳の6つのフィールドで患者の治療ができるようになった。気胸の治療も今年中に始められる。
心臓については、心筋が薄くなってしまう拡張型心筋症や重症心不全の患者を、大阪大学・澤芳樹教授のグループが、細胞シートで40人以上治療している。大人の心筋細胞は増やせないので、脚の筋肉の細胞を培養して細胞シートにして貼っている。細胞シートの細胞は100%生着(注)する。同時に移植した細胞から血管を誘導する因子が出る。血管が誘導されることで栄養が行き渡り、筋肉が成長するというしくみだ。
(注)100%生着:細胞と細胞をつなぐタンパク質(細胞外マトリックス)は、酵素ではがすと切れて細胞がばらばらになってしまい、シートとして使うことが難しい。ばらばらになった細胞は注射することになるが、目的の部位に正確に届けることが難しい。届いても細胞外マトリックスが失われているため、細胞同士がくっつきにくく、生着率は5%程度とみられている。温度応答性培養皿で培養すると、細胞外マトリックスで細胞同士が接着された状態のままシートが取れるので、そのまま生体に乗せると、細胞外マトリックスの働きで自然にくっつく。このため縫合も不要。また、同様に細胞シートを重ねることで多層化もできる。また、心筋シートを多層化すると数分で自律的に拍動が同期することも知られている。
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