「人は見た目が9割」「社会人は身なりが大事」を軽んじる人が知らない身だしなみの"本質"

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もともとは、生まれに左右されない世界を目指したはずなのに、行き過ぎると、逆に、出生時点で差をつけるところに行き着く、というわけです。

ヤングの本の元のタイトルを、そのまま日本語に訳すと、「メリトクラシーの隆盛、1870年から2033年にかけての、教育と平等をめぐるエッセイ」です。私たちが生きている2020年代の日本は、まさにこのエッセイが予想した最終段階にあります。

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もう、「メリトクラシー」ではなく、育ってきた環境や、それを用意してくれた家庭といった要素が重視されつつあります。あなたが得た能力=仕事が「できる・できない」を決めるのは、あなた自身の頑張りよりも、あなたが生まれ、育ってきた環境に(大きく)左右されていると言われています。

そればかりではありません。

社会学者の本田由紀は、「ハイパー・メリトクラシー」ということばをつくりました。ただ仕事ができるだけでは物足りない。人当たりがよく、周りに気遣いができ、面白い会話をしてといった、「コミュ力」が就職活動で求められているのが、その大きな特徴でしょう。

「人間力」とか「生き抜く力」といった表現は、ビジネス書の定番です。上司だって、「360度評価」と言われる周囲からの評価を常に意識しなければなりません。飲み会に誘うか誘わないかすら評判に影響します。

認識すべきなのは、SNSで「シゴデキ」とカタカナであらわされるような、なんとなくのイメージが、ひとり歩きしている状況です。仕事が「できる・できない」の基準がわからない。それは当然なのです。

ゲームだと割り切って淡々と仕事を

そこで提案です。

「ハイパー・メリトクラシー」の時代に特効薬はありません。それどころか、まともに向き合えば闇堕ちするしかない。闇ならまだしも、病む恐れも高い。

となれば、「できる」「できない」について、その線引きをはじめとして悩むかもしれません。あくまでもゲームだと割り切って、その会社のなかの基準を宝探しのように見つけようとする、そんなつもりで淡々とこなしましょう。

「メリトクラシー」の病はヤングが予言した以上に進んでいるからです。

鈴木 洋仁 神戸学院大学現代社会学部准教授

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すずき ひろひと / Hirohito Suzuki

東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。1980年東京都生まれ。2004年、京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送入社。2010年、株式会社ドワンゴに入社、2011年から2016年まで独立行政法人国際交流基金勤務。その後、東京大学大学総合教育研究センター特任助教、事業構想大学院大学准教授、東洋大学グローバル・イノベーション学研究センター研究助手を経て、2023年から現職。著書に、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青土社、2021年)、『「元号」と戦後日本』(青土社、2017年)、『「平成」論』(青弓社、2014年)などがある。

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