9割の医師が望まない「自分への延命治療」の実態《アンケートで判明》――「本当はやる意味がない」過度な終末期医療への本音【医師が解説】

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深刻なのは、本人の意思が軽視されがちな現実です。

本人が寝たきりだったり、認知症で理解に乏しかったりという状況もありますが、病状説明が家族に対してのみ行われ、本人が同席しないことがままあるのです。

本人の意思が無視される終末期

本人が意思を表明できる状態であっても、家族が反対すれば希望が尊重されないケースは少なくありません。

特に高齢者の場合、「子どもたちに迷惑をかけたくない」という気持ちから自分の希望を伝えられず、結果として家族の意向に従ってしまうこともよくあります。

家族の中でも意見が割れることがあり、最終的に「声の大きい家族の意見が通って、本人の意思がどこかに消えてしまう」ケースもあります。

筆者自身も終末期の高齢患者さんのケアに携わってきましたが、意識がないのに毎日何本もの注射をして、「これが本当に患者さんのためなのか」と疑問に思うことがありました。

病院薬剤師へのアンケート調査でも「終末期患者への投薬について疑問を感じる」という回答が少なくなく、医学的効果が期待できない高額な薬剤投与への疑問が示されています。

日本の終末期医療が抱える問題は、制度的要因と文化的要因が複雑に絡み合って生み出されています。診療報酬制度では、高度な医療技術に対して高い報酬が設定されている一方、緩和ケアや在宅での看取りに対する報酬は相対的に低く設定されています。

この「経済的インセンティブのゆがみ」が、医療機関を過剰な延命治療に向かわせる構造的要因となっています。

介護施設やホスピスが、中心静脈栄養や胃瘻といった医療的処置を受け入れ条件とする場合もあり、病院の医師は「不必要だ」と思いながらも処置をせざるを得ない状況に置かれています。

たとえば進行した認知症患者への胃瘻が、生活の質や生命予後の改善にどの程度寄与するのか明確なエビデンスもなく、胃瘻の意義を疑問視する声は少なくありません。

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