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履歴書は手書き必須、最終面接で全落ち…在日11年ベトナム人男性が体験した就活地獄と≪日本の仕事≫のリアル

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当初の狙いはKADOKAWAや小学館といったアニメや出版関連の企業だったが優秀な新卒の学生が殺到する人気の業界だ。なかなかに厳しいことから間口を広げてたくさんの会社に当たったが、落とされてばかり。苦労したのはここでも履歴書だ。

「一部の会社は履歴書は手書きじゃないとダメってところがあって。あれをたくさん書くのは外国人にとってすごくたいへんなんですよ」

どうにか書類選考やテストを突破すると、次は面接が続く。「面接の回数が多すぎませんか?」とヒウさんはボヤくが、それでも最終面接まで残った会社はなんと5つ。しかし、ここですべて不採用となってしまうのだ。

「最終面接まで進んで落ちるのがいちばん痛い」

まるで昨日のことのように呟く。それでも「まだ日本にいたい。がんばらないといけない」と奮起し、さらに活動を続けた結果2社の内定を得た。大手の製造メーカーと、中小の商社。どちらもベトナムをはじめとした東南アジアに展開している会社で、現地との橋渡しを期待されたのだ。

選んだのは、中小企業のほうだった。

「大手よりも、小さな規模の会社のほうが人間関係が近そうというか、私に合うかなと思って」

商社に就職を果たし、やがてメーカーに転職

就職した会社は三重県にあった。配属されたのはもちろん輸出部だ。日本で生産された水産加工品を東南アジアに輸出していく仕事だ。現地の日本食ブームにも乗って、業績はなかなか好調だったようだ。

「北海道のホタテとかイクラ、三陸のサバやイワシなどが多かったですね。あと、たこわさびのような珍味とか。ベトナムでは『板前造りにしん』というのがすごく人気なんですよ」

ししゃもの卵を固めた上ににしんを乗っけたものらしい。ベトナムだけでなくフィリピンやインドネシアなどにもたびたび出張し、現地の商社と交渉する経験を重ね(ヒウさんは英語も堪能だ)、ヒウさんはアジアを股にかけるビジネスパーソンとなった。その間もちろん、「時雨」たち艦娘もまた着々と成長を遂げていく。

社内は輸出部を中心に外国人も多かったが「自由に働けて、風通しもよかったと思います。みんなでよく遊びに行ったりもしました」と回想する。

しかし6年ほど働いた頃のことだ。自らの仕事に疑問を持つようになる。

「商社って仲介の役目ですよね。A社の商品を買って、B社に卸す。もし私がベトナムのマーケットにある商品を広めたとしても、知られるのは商品をつくったA社さんの名前だけです。私や、私の会社じゃない」

加えて「食品」という商品は「あいまいなんです」とヒウさんは言う。

「たとえば日本で人気の醤油はベトナムだと辛すぎるからと売れない。うなぎのかば焼きは日本だとちょっと焦げ目がついているくらいがいいじゃないですか。でもベトナムでは焦げすぎだと廃棄処分になってしまった」

文化の違いや、それにひとりひとりの好みによっても、食品の評価は分かれる。

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