ハリウッド俳優も訪れる"奇術の殿堂"で優勝したプロマジシャンMASA MAGIC、神業すぎるマジック習得法や頂点までの道のりを「タネ明かし」

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高校生になると、世界を舞台に活躍するセロさんが英語で話す場面をテレビ番組で見たというMASA少年。当時は英語が苦手で、「日本で生活するのに英語は不要」と言い切っていたそうですが、これを機に考えを改め、高2からは英語科に入って勉強に励みました。

「セロさんの姿に感化され、“ネイティブに近い英語を話す日本人マジシャンになろう”という目標ができました。けれど私立の進学校に通っていた僕の周りには医者や弁護士を目指す同級生もいて、安定した仕事がよしとされる環境だったんです。それに、活躍できるマジシャンがほんのひと握りなのもわかっていたので葛藤もありました。

そんなとき、支えになったのはセロさんの決めゼリフ『Believe』。“自分のイメージを信じて突き進めば、不可能と思えることでも可能になる”と心のなかで繰り返したら、マジックの腕が上がっていきました。学業のほうはイマイチでしたけどね(笑)」

両親に懇願して渡米、街中でマジックを披露する日々

それからは校内でマジックを披露する機会も増え、先生や同級生を笑顔にしていたというMASA MAGICさん。マジシャンになりたいという思いを友達に話すようになり、自分で名刺を作って保育園などを訪ねマジックを見せるなど、アピールの場を広げていったそうです。そして、目標に掲げた、英語を学ぶ道へとまっしぐら。両親に頭を下げ、アメリカの大学に進学したのです。

「“英語をしっかり学んで就職活動に役立てるから”と両親に約束しました。最初は耳を貸してもらえませんでしたが、あまりにも何度もお願いしたからか根負けし、最後は応援してくれました。マジシャンになることが一番の目標だとは明かしませんでしたが(笑)、英語をマスターする気持ちは本物でしたよ。

アメリカに渡ってからは、日本人とは距離を置き、日本語はなるべく使わずに過ごすよう心がけました。でも、最初のうちは英語では伝えたいことがほとんど表現できないし、何度も会話を繰り返しても、相手の言葉が理解しきれない日々が続きました」

そんな環境のなかでコミュニケーションの懸け橋となってくれたのは、やっぱりマジックでした。

「シアトル近くの治安のいい街に住んでいたので、ストリートに出てお兄さんたちに話しかけ、タバコを借りていきなりマジックを見せたんですよ。みんな驚いて面白がってくれて、“MASAという日本人がマジックをする”とFacebookやInstagramなどで投稿してくれる人もいて、僕の存在が広まっていったんです」

MASA MAGIC
「街で話題の人物になれてうれしかった」とMASA MAGICさん(撮影/大塚奨太) 
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