25歳で実家が火事、29歳で重度のうつ病→「どん底の男」が《1日1万個のコッペパン》を焼く「人気パン屋のオヤジ」になるまで。"壮絶な半生"に迫る

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しかし、恩人のツテをたどり、ようやく福田さんに会うことができたこの機会を逃すことはできない。「唯一許されるのが、そのやり方なら……」と腹をくくった吉田さんは、「よろしくお願いします」と頭を下げた。

福田パンから受け継いだパン作りの精神と哲学

それからは、急ピッチで進んだ。1歳になったばかりの子どもを盛岡に住む義理の妹に預け、何度か妻と一緒に福田パンの工場を訪問。スタッフが出勤する前の時間に、福田さんから直々にコッペパンの製法を教わった。

さらに、福田さんが「彼に任せておけばいい」というほど絶大な信頼を置く製パンメーカーの担当者につないでもらい、東京にある同社のラボでパンを試作。それを盛岡まで持参し、福田さんにチェックしてもらうことを繰り返した。自宅でもパン作りの練習を重ね、風呂場で発酵させて、その様子を観察した。そのパンは、福田さん直伝ではあるものの、福田パンとは製法も素材も異なる。

「うちは一度にすべての材料を混ぜ合わせて生地を作るストレート製法です。その製法に合った小麦粉も教えてもらいました。コッペパンの大きさも、福田パンのほうが大きいんです。福田さんからは、粉も作り方も違うから、吉田さんが作るのは吉田パンだよと言われました。僕は、ひとつのパンに懸ける情熱と哲学という福田パンの精神を受け継いだと思っています」

福田さんが上京したのは、2013年1月。そこでパンの最終チェックが行われ、「よくできていますね」と合格の言葉をもらった。

福田さん直伝ではあるものの、福田パンとは製法も素材も異なる(筆者撮影)
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