25歳で実家が火事、29歳で重度のうつ病→「どん底の男」が《1日1万個のコッペパン》を焼く「人気パン屋のオヤジ」になるまで。"壮絶な半生"に迫る

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最初は、運送会社のトラックが配達中に駐車禁止の切符を切られないよう、助手席に座っているだけの仕事。身体を動かせるようになると、派遣会社に登録し、オフィスのウォーターサーバーの水を入れ替える仕事もした。

こうしてリハビリを進め、回復を実感するようになった2007年、36歳でしのぶさんと結婚。元気を取り戻した吉田さんはその2年後、広告プロモーションの仕事を始める。

「もう一度、自分で事業をやると決めたとき、妻に反対されるかなと思ったんです。でも、『やるんだったら、命がけでやってね』と背中を押してくれました。妻と結婚していなければ、今の僕はいません。彼女は小柄なので、私は『小さな巨人』と呼んでます(笑)」

義理の弟がもたらした衝撃

2度目の起業の際、手を差し伸べてくれたのは、ファッション業界の仲間たち。洋服や帽子のブランドの営業やブランディングのディレクションの依頼を受けた。そこからクライアント、友人、知人の紹介もあり、南海電鉄や米菓メーカーの岩塚製菓など大手のクライアントを抱えるようになる。

再び慌ただしい日々を過ごすなか、どうしても忘れられない「味」があった。起業して間もない頃、妻の妹が岩手県・盛岡市の男性と結婚。義理の弟となった男性が上京する際、「吉田さんに盛岡のソウルフードを食べてもらいたい」とお土産に持ってきたのが、福田パンという店のコッペパンだった。

福田パンは1948年創業の老舗で、直営店を4店舗持つほか、地元の小中学校の給食として採用され、地元高校の購買部でも販売しており、盛岡では知らぬ人のいない存在だ。

「元祖コッペパン専門店」と称される福田パンの店舗には50以上の具材が並び、注文を請けてからコッペパンにサンドする。

義理の弟が持参した福田パンの「あんバター」を頬張った吉田さんは、最初の一口で脳内に電撃が走った。

「すごい! こんなパン、食べたことない」

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