25歳で実家が火事、29歳で重度のうつ病→「どん底の男」が《1日1万個のコッペパン》を焼く「人気パン屋のオヤジ」になるまで。"壮絶な半生"に迫る

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100年、200年というのは言葉の綾で、なんの現実感もなく口にした数字だった。それに対して400年!? 吉田さんは体内の血がぐわーっと熱を持って駆け巡るのを感じ、その瞬間、「400年企業を目指す」と決めた。

誰かからその話を聞いたルミネの新井社長の「一緒に老舗を作ろう」という言葉に心をつかまれ、ルミネ出店を決めたのだ。

セカンドシーズンの幕開け

吉田さんのもとには、今も年間100件ほどの出店やフランチャイズ化などの依頼が届く。しかし、店舗は本店とルミネ北千住店にとどめる。

「ビジネスチャンスを失ってるって、いろいろな人から言われました。それだけ出店依頼があるのに断ってばかりで情けねえって言われたこともあります。でも、パンを作ってくれてるのは地元の人たちで、今、32人いるんですけど、ほとんどがもともとうちのお客さんなんですよ。吉田パンが好きだと言ってくれるスタッフと一緒に作るみんなのパンだから、ビジネスライクに多店舗展開することに興味を持てませんでした。スタッフのみんなと一緒に成長するのは時間がかかりますから」

吉田さんはコッペパンの製造体制を少しずつ増強し、現在3200個。店舗を増やすのではなく、亀有にある商業施設アリオなど都内13店舗で「吉田パンコーナー」を設ける。この戦略で、初年度6000万円だった売り上げは、創業から12年で2億5000万円まで伸びた。

さらに、2026年11月より吉田パンのセカンドシーズンが幕を開ける。現在、事務所が入るビルの1階で作るパンの製造場所を移転し、機械化を進めて、これまでの3倍、1日に約1万個のパンを焼けるようになるのだ。

単純に量産化を進めるのではなく、現在、毎日およそ20時間に及ぶパンの製造に携わるスタッフの負担を軽減しながら、よりおいしいコッペパンを作ることを目指す。これにより、数年後には5億円の売り上げを見込む。

コッペパンの製造体制を少しずつ増強してきた(筆者撮影)

振り返れば、25歳のときに実家の火事で洋服屋が焼け落ち、29歳のときには重度のうつ病になって、復帰まで4年の歳月を要した。当時の吉田さんは20年後、1日1万個のコッペパンを焼く「コッペパン屋のオヤジ」になっているとは1ミリも想像できなかっただろう。

「生きててよかったなと。本当に生きててよかった」と語る吉田さん(筆者撮影)

「火事、うつ病という紆余曲折を経ての今、どう感じていますか?」と問うと、吉田さんは「ありがたいでしかないんですよ。ありがたいでしかないんですよ」と繰り返した後、少し遠い目をしてこう言った。

「生きててよかったなと。本当に生きててよかった」

川内 イオ フリーライター

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かわうち いお / Io Kawauchi

1979年生まれ、千葉県出身。広告代理店勤務を経て2003年よりフリーライターとして活動開始。2006年夏、バルセロナに移住し、スペインサッカーを中心に各種媒体に寄稿。2010年夏に帰国後は、編集者としてデジタルサッカー誌編集部、ビジネス誌編集部で勤務。2013年6月より、フリーランスのエディター&ライター&イベントコーディネーターとして活動中。スポーツ、旅、ビジネスの分野で輝く才能やアイデアを追って各地を巡る。

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