アグネス・チャンさん。70歳になった今「完璧を目指さなくなった」理由――限りあるこれからの時間を大事に使うためにしたいこと
今振り返ると、若い頃の私はいつも何かを追いかけていました。「果たしたい責任」や「目標」もたくさんあって、気持ちはいつももがいていたような気がします。
人を好きになったり、振られたり、友人関係に悩んだり、小さなことに傷ついたり……。周りからの目も気にしていたし、ほんの些細なことに、心がかき乱されることもありました。
そして子育ての真っ最中の頃は、目の前のことをこなすのに精一杯。「これでいいのかな」と、自分に問いかけていた気がします。
だからこそ、年を重ねることが、私にとっては「良かった」と今は思えるんです。若い頃に戻りたいとは、まったく思いません。もちろん、子育てもとても楽しかったです。でも「もう一度やりたいか」と聞かれたら、私は「もう十分楽しみました」と答えるでしょう。
これからの楽しみに目を向ける
「夕日が見られなかった」と嘆いているうちに、空に輝いている一番星を見逃してしまう――これは私自身の経験から出てきた言葉です。目の前で何かを逃したと思って、ずっと悔やんでいるよりは、過去にこだわりすぎないで、先にある喜びや出会いに気づくことのほうが大事です。
大切なのは、「過去にこだわり続ける生き方」ではなく、「次に希望を持てること」。逃したものを取り戻そうとしてもがいて、時間を費やしても、必ず取り戻せるとは限らないのです。
それよりも、「次は何が待っているかな」「これからどんな出会いや気づきがあるかな」と前を向いていたほうが、心も体もずっと元気でいられると思います。

「昔は良かったなぁ」とため息をつくことも、あるかもしれません。でも、そこにとどまりすぎてしまうと、心も体も少しずつ枯れていくような気がします。思い出は私たちを支えてくれますが、それだけでは足りない。やっぱり「次」が大切なんです。
たとえ夕日を見逃したとしても、「あっ、一番星が見えた!うれしい!」――そんなふうに、小さなときめきや発見を感じられる心を持ちたい。それが、年齢に関係なく、人生をもう一度輝かせてくれるのではないかと私は思います。
「自己肯定感」という言葉を聞くと、「私はもともと自己肯定感が低いタイプだから」と感じてしまう人も、きっと少なくないでしょう。
確かに、自己肯定感には育ってきた環境が影響しているように思います。とくにきょうだいが多いと、親が無意識のうちに「この子はできる子」「この子はそうでもない」と比べてしまうことがあります。
アジアの文化では、いまだに「男の子の方が大事」「女の子は支える側にまわるべき」といった考え方が残っている地域もあります。
私自身、6人きょうだいの4番目として香港で育ちました。香港は今でこそ女性の地位が高くなりましたが、私が育った頃は長男を大切にする文化が強く残っていました。
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