プロパガンダは、娯楽の顔をしてやって来る

豊富な事例で「宣伝戦」の実態を暴く

抗日ゴリゴリのプロパガンダを進めてきた、中国についても本書は触れる。中国と言えば戦後も長らく抗日映画やドラマをつくり続けてきたが、近年は、中国人がカンフーで日本兵を真っ二つにするという荒唐無稽なストーリーも少なくない。もはやここまで滑稽だとプロパガンダの力はなく、単なる娯楽作品と著者は切り捨てるが、若年層には新しい形でのプロパガンダが広まっているとか。

代表例は、日本兵を打ち倒すテーマパークの建設や兵士の視点でプレイして魚釣島(尖閣諸島)を守るシューティングゲームの普及。特にゲームはインターネット上に無数に存在しており、日本のA級戦犯の看板を射撃して点数を競ったり、東京を空襲してボスキャラを倒したり。ちなみにボスキャラは岸信介だ。

正直、これらは洗練されたとはいえない事例だが、プロパガンダが洗練され効力を発揮するのは戦時中だろう。第二次世界大戦中はナチスはもちろん、西側陣営も「楽しいプロパガンダ」に励んでいた。

ディズニーアニメにもあったプロパガンダ

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特に、米国では名だたるエンタメ企業が協力。有名なのはディスニーのアニメ『総統の顔』。ドナルドダックがドイツを模した「狂気の国」で暮らし、壁の肖像画に向かって「ハイル・ヒトラー!、ハイル・ヒロヒト!、ハイル・ムッソリーニ!」と挨拶させられる。『我が闘争』を無理矢理読まされ、軍需工場で働かされているうちに精神に変調をきたすという物語。43年のアカデミー賞短編アニメ賞を受賞している。確かに、カンフーで日本兵を真っ二つにするドラマに比べて、構成も工夫されており、かなり印象が違う。

気になるのは当時の日本のプロパガンダに対しての考え方だろう。意外にも、楽しいプロパガンダを普及させる下地はあったという。日中戦争時に、陸軍の清水盛明中佐は「宣伝は楽しくなければならない」と説いていたし、海軍省の松島慶三は軍歌の作詞を自ら手がけ、歌を落語家や浪曲師に吹き込ませたこともあった。宝塚少女歌劇団の原作も手がけて平時からプロパガンダに勤しんだ。ただ、彼らは軍部では傍流であり、異端児であり、戦争が激化するにつれ、プロパガンダの能力を自由に発揮する場が少なくなっていった。

こうした歴史を辿りながら、現代日本のプロパガンダの萌芽に触れているのが本書の読みどころのひとつ。自衛隊の採用ポスターなどの萌えミリ(萌えとミリタリーの合成語)や広報戦略、「右傾エンタメ」と呼ばれる百田尚樹などの小説を分析する。

こうした事象に右傾化と騒ぐ層はいるものの、見当違いの指摘も少なくない。プロパガンダとしてとらえても全く未熟であり、大騒ぎする必要はないというのが著者の結論だ。著者はむしろ6月に自民党議員が「文化芸術懇話会」を発足したことに注目する。設立趣意書をひもとくと、政策浸透に芸術を利用する思惑が透けてみえると指摘する。

プロパガンダはいくら手法が精緻化されても民衆に受け入れる土壌がなければ広まらない。一方、政府の動きを何でもかんでもプロパガンダにとらえるような人種やメディアも存在するが、多くの人々はプロパガンダを意識して生活などしていない。そうした大多数の民衆が不平不満を持ったときに、プロパガンダは想像以上の速さで浸透する。そして、そこには必ず営利目的の民間企業の存在が見え隠れする。権力側の思惑を忖度し、企業が自ら進んでプロパガンダを山のようにつくるのは歴史をみれば明らかだろう。

我々は将軍様のように「縮地(ワープ)」できないのだから現実を生きるしかない。煽動されないためには、歴史に学ぶしかない。そのヒントが本書には詰まっている。

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