週刊東洋経済 最新号を読む(5/16号)
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日銀と土地を交換「日本橋・東洋経済」ビルの実態

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……石橋湛山。名前は聞いたことあるぞ。

せっかくなので、ここで東洋経済新報社の歴史を簡単にふりかえってみたい。

町田忠治が1895年に創刊した『東洋経済新報』がルーツであり、現存する日本最古の週刊誌でもあるという歴史ある出版社だ。1936年には企業情報誌の代表である『会社四季報』を創刊。戦前は自由経済・民主主義を支持しており、のちに総理大臣を経験した石橋湛山が主幹をつとめていたことでも有名だ。

筆者も初めて知ったのだが、オフィスを歩いてみると石橋湛山という存在は非常に大きいようだった。

見せてもらった1895年の創刊号の現物。出版社だからこそ、すべてアーカイブされている(筆者撮影)
湛山部屋からみる景色。日銀、三菱UFJ銀行、三越などそうそうたる顔ぶれだ(筆者撮影)
優秀会社史賞をとった記念の置時計が置いてあった。社史『東洋経済新報社 百年史』は、この記事の執筆の際に大変お世話になりました(筆者撮影)
同じく8階にある、重大な物事を決める役員会議室。同行した編集者も初めて入ったそうだ(筆者撮影)

湛山部屋と役員会議室。両方とも十分に重厚感があるけれど、竣工当時からあったわけではないそうだ。意外に思うかもしれないが、竣工時の社長室や役員会議室は2階。当時は高いところ=偉いという感覚が薄かったのか、民主的な社風なのか。

かつての社長室は…今や本棚に?

ちなみに当時社長室だった場所の今も見せてもらった。

これが当時社長室だった場所(の壁面だ)。今は編集局が入っており、その物置となっている。日々の忙しさが目に見える……!(筆者撮影)

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