最大市場インド攻略へ苦闘する農機のクボタ
一方のクボタ。参入まもない企業のブランドが浸透していないのは当然として、トラクターのラインナップは水田用の小型軽量タイプ3種類しかなく、価格は現地製の3割増し。田植え機も投入したが「(田植え機の)市場がない。クボタの販売台数(年間200台程度)が市場規模」(林氏)という状況である。
勝算がまったくなかったわけではない。経験上、新興国で工業化が進めば農村から人が流出し「省力化」ニーズが高まる。農機導入による生産性の向上を農家が理解し始めれば普及に拍車がかかる。タイはその典型で、10年前にほとんどなかったタイのトラクター市場は年間4万台強に拡大。クボタの販売台数も年間1000台弱から直近では3万台超に増えている。
インドでも田植え機導入による生産性向上余地は大きいはずだった。コメ作りの場合、インドでは水田に向かって直接種子をバラまく。田植え機による田植えを導入すれば収穫量は2割以上向上する。
ところがクボタは、省力化のメリットを訴求する段階でつまずいてしまった。インドの農村部に暮らす約8億人のうち、農機の購買力がある富裕層はほんの一握り。土地を持たない貧困層が2億人近くいる。
繁忙期にはこの貧困層の農民が超低賃金で労働に従事する。「農業従事者の賃金はさっぱり上がらない。物価の上昇率と比較すれば実質低下しているくらいだ」とインド農業が専門の名城大学産業社会学科・杉本大三准教授は指摘する。格安の労働力が存在するため、トラクターは農業専用より輸送兼用ニーズが高く、専用の田植え機は必要とされない。
州ごとに使用言語が異なることもビジネスを難しくした。「隣の州で営業するだけでも通訳をつける必要がある」(林氏)。苦労してようやく1台売っても問題は尽きない。「農機の使い方が荒っぽい。しょっちゅう『壊れた』と電話がかかってくる」。大金をはたいて買った農機を粗雑に扱うのは、農機を買う人(富裕層)と使う人(貧困層)の身分が違うためだ。特に農村ではカースト制度が色濃く残っており、富裕層と貧困層の間に信頼関係は生まれにくい。壊されると思えば、富裕層は農機購入に躊躇する。貧困層は識字率が低く、現地語の注意書きも理解してもらえない。