錯覚から探る「見る」ことの危うさ《第6回・最終回》--錯覚とタイリングアート
タイルを敷き詰めるパターンは、人類が家を作り始めた直後から壁や床を飾るアートとして使われてきた。しかし、長い間、三角形や四角形などの単純な形を組み合わせた幾何学模様が主流であった。これを劇的に変えたのが、オランダの版画家エッシャーである。
図と地の反転と呼ばれる錯覚がある。図1がその例である。この図は、中央に壷のシルエットが見えたり、向き合った2人の顔が見えたりする。どちらが図形でどちらが背景かがときどき入れ替わるという多義性を持つため、これも錯覚の一種と考えられている。
■図1 図と地の反転錯視「ルビンの壺」をまねて筆者が作った図形
この錯覚を利用したのが、エッシャーの代表作「空と水�」(1938)である。これは、少しずつ形の異なるたくさんのタイルを敷き詰めた作品であるが、いちばん上に置かれた鳥が、下へ向かって少しずつ変化しながらしだいに背景に溶け込み、代わりに背景から別の形のタイルが現れて、やはり下へ向かってしだいにはっきりとした魚の姿となっていく。これは、タイリングと、図形の連続変形と、図と地の反転錯視とを組み合わせたとてもおしゃれなアートである。
この作品は、たいへん巧妙に創られているため、エッシャーのような天才にしか作れないものという印象を持つかもしれない。しかし、その裏には明確な数理的構造が潜んでおり、それを利用すると、同様のタイリングパターンを自動生成することができる。
すなわち、いちばん上に置くタイルAと、いちばん下に置くタイルBの2つを与えると、中間を自動的に作ることができる。図2に示す「右へ向かって飛ぶ鳥」と「左へ向かって飛ぶ鳥」の図形を与えたとき、この方法でコンピュータが作ったパターンが図3である。今回は、この自動生成法を紹介しよう。
■図3 自動生成されたタイリングパターン
図4に示す白と黒のひし形で構成されたチェッカーボードを考える。このボードの隣り合う2つの辺に並べたひし形の数は1だけ異なるため、いちばん上のひし形が白のとき、いちばん下のひし形は黒となる。そこで、白のひし形に1つのタイルとその変形を置き、黒のひし形にもう1つのタイルとその変形を置くという方針をとる。ここに置く具体的なタイルの形の計算法を、図2の「右へ向かって飛ぶ鳥」と「左へ向かって飛ぶ鳥」をタイルA、Bとして採用した場合を例にとって説明しよう。
■図4 白と黒のひし形で構成されたチェッカーボード