子育てには「誰も対応しない」選択肢はない 思いやりが苦しさを生む? 日本社会のジレンマ

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人との繫がりを大切にするあまり「迷惑をかけたくない」と遠慮するのが日本人なのかもしれません。でも、そこはむしろ「手伝って」と助けを求めることでより強く繫がっていけるのではないでしょうか。

家族と仕事のバウンダリー(境界線)とは

内田:同僚や患者さんに頼みごとをしやすい関係を築くにあたって、私はバウンダリーについて考えさせられます。 

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直訳すると「境界線」という意味のバウンダリーですが、「ここまでは入ってきてもいいけど、ここからは私のプライベートだから」といった境界線を持つことはさまざまな点で重要です。しかし、その境界線は一本の線ではなくもっと複雑なものです。

先ほどお話しした子どもの骨折などを患者さんに伝えた際に、理解してもらいやすかったのは、普段から母親としての私の姿も知ってくれている状況があったからなのではないかと思います。

アメリカの職場では医師や弁護士、会計士などどんな職業であっても、オフィスには家族の写真が飾られていることが多いです。私も診察中のちょっとした会話で「あ、そのアニメ、うちの息子も好きって言ってた」と子どもの話題を出すこともあれば、患者さんから「ご家族は元気ですか?」と聞かれることもあります。

そんな質問をされた際、家族の近況を語る人から、軽く「おかげさまで」と答えて終える医師もいる。どれだけプライベートを明かしたいかは個人個人で違うけれど、職業人が、家庭人としての顔も持っており、職業での責任と同時に家族への責任も持っている、という事実を知ってもらうことは悪くないのではないかと私は感じています。

考えてみると、欧米では政治家やアイドル、俳優などが、家族の写真を公開することは頻繁にあるし、ビヨンセ、ジェニファー・ロペスやピンクなどの歌手が子どもをコンサートのステージに招いて共に歌うということもよく見かけます。そういった点ではプライベートと職場のバウンダリーはやや緩いのかもしれません。

しかし、時間というバウンダリーはまた違います。アメリカでは5時くらいには仕事を終え、夕方は家族で過ごす、ディナーは家族で食べるもの、といった境界線ははっきり引かれています。

長時間労働は賞賛されないだけでなく、それでも仕事が終わらないのは、仕事の効率が悪いから、あるいは職場のシステムが個人のニーズに追いついていないから、というように問題視されることもあります。また、特別な機会でない限り、仕事仲間と夜まで飲みに行くということはありません。

日本の場合は、そのバウンダリーが逆なのでしょうか。家庭は家庭であり、職場には持ち込んではいけないもの、という雰囲気を感じることがあるのです。家庭を持ち出してはいけない環境では、子どもの骨折の際に迷惑なお願いをするのはハードルが高いですよね。

そして、長時間労働が期待される中で、あるいは食後の「飲みニケーション」も期待される中で、「お迎えがあるので」と帰ることも難しいのかもしれません。

 

【もっと読む】続いて「産休クッキー」炎上の背景に見える複雑な感情 では、産休クッキー論争」に見える社会の価値観や、マウントに振り回されず心を軽くする考え方を探ります。
内田 舞 小児精神科医、ハーバード大学医学部准教授、マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長

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うちだ まい / Mai Uchida

小児精神科医。ハーバード大学医学部准教授。マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長。北海道大学医学部卒。在学中に米国医師国家試験に合格。卒業と同時に渡米し、イェール大学とハーバード大学で研修医として過ごす。臨床医としてアメリカで働く日本人の史上最年少の記録を更新。ハーバード大学付属病院であるマサチューセッツ総合病院にて臨床医として子どもたちの診察に携わる傍ら、研究者として気分障害などに関わる脳機能を解析する脳画像の研究にも尽力。研修医や医学生を指導する立場でもある。3児の母。著書に『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』(文春新書)、『うつを生きる 精神科医と患者の対話』(浜田宏一との共著、文春新書)、『REAPPRAISAL 最先端脳科学が導く不安や恐怖を和らげる方法』(実業之日本社)、『まいにちメンタル危機の処方箋』(大和書房)がある。

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塩田 佳代子 感染症疫学者、獣医師、ボストン大学公衆衛生大学院グローバルヘルス学科アシスタントプロフェッサー

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しおだ かよこ / Kayoko Shioda

感染症疫学者、獣医師、ボストン大学公衆衛生大学院グローバルヘルス学科アシスタントプロフェッサー。東京大学で6年間の獣医学専修を卒業。その後、アメリカ・アトランタのエモリー大学で公衆衛生学修士号取得。CDC(Centers for Disease Control and Prevention=米国疾病予防管理センター)において、感染症疫学者としてアウトブレイクの対応、サーベイランス、疫学研究などに2年間従事。西アフリカで起きたエボラ出血熱のパンデミックを目の当たりにし、スキルの向上を目指してイェール大学の感染症疫学科に進学し感染症疫学博士号取得。WHO(World Health Organization)のコンサルタントも務める。2022年、第1回羽ばたく女性研究者賞(マリア・スクウォドフスカ=キュリー賞)の奨励賞受賞。二児の母。本書が初の著書となる。

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