
役場に自分の銅像が建つと本気で思っていた
前々回の記事では、滋賀の田舎町で私がいかに神童として調子に乗っていたかを紹介した。私の町には中学校が一つしかなく、また某R高を狙うような進学塾も当時はほぼ一択となっていたため、それらを制圧すれば普通に「町一番」を名乗れるような状況だったのだ。
私はペーパーテストで敵なしだった中学時代、自分がこのまま超エリートコースを驀進(ばくしん)して圧倒的実績を積み上げていけば、遠くない未来に町役場前に自分の銅像が建ってもおかしくないと本気で思っていた。
ド田舎出身の方にはわかってもらえると思うが、非常に小さな町だったため、私が高校に進学した後も出身中学や塾の進学実績、そして生徒たちのレベル感は謎のネットワークから伝わってきた。
私の入手した情報によれば、某R高特進コースの合格者は毎年出るものの、私のように東大寺学園やラ・サールを撃破する者は出ていないようだった。中学の先生たちにも私の印象は強く残っていたらしく、「神童佐川」の大学受験がどうなったのかを気にしている者も多かった。
なぜそんなことがわかるかと言えば、私には5歳下の妹がおり、同じ公立中学校に通っていたからである。かわいそうなことに、妹は私を知る先生たちから「お前の兄貴、大学受験どうなった?」と聞かれまくったという。
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