戦前の北海道で目撃、ヘビを狙う「鷹と鱒」の死闘 ヘビが呑み込めない程の巨大鱒に遭遇した実話

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2人はその日、大岩の上の瀬、淵へと釣り上り、2時過ぎに早々と小屋へ戻った。

7月も末に近づき、持参した米が残り少なくなったので、いよいよ明日は下山して家に帰ることになった。この染退川に来てから22日、家を発ってから24日が経っていた。その間、父と私は毎日、上流へ下流へと釣り歩き、焼き干しにしたヤマベは3000を超すほどになっていた。

その日の朝、母は、今日は最後の1日だし、一緒に行って実際に釣るところを見たいと言いだした。すると友ちゃんも、1人で小屋に残るのは淋しいから一緒に、と言った。父は金七さんを連れて上流の奥まで行く予定だったから、結局、2人を連れていくのは私の役目となった。

不審な光

瀞場の岸に立って竿を振り、何尾目かのヤマベを釣り上げてから、少し上に移ろうと歩きだしたとき、

「タモちゃん、あれは何さ、あっ消えた」

と、友ちゃんが驚きの声を上げた。そして私がすぐさま振り返ると、

「あれ、また光った」

と対岸(右岸)の大岩の辺りを指差して言った。

「どれ、どこに? 何も見えないよ……あっ、あれか」

「あれよ。ほら、また光った」

私は竿を上げたまま、その光景に目を注いだ。何かが水面近くで跳ねているのか、少しの間をおいて水玉が飛び散り、それが午後の陽を受けてキラキラと光っているのだ。

「よし、行ってみよう」

私たちは、まず長瀬の頭まで上がって、そこから対岸へ徒渉し、岩場を下りて大岩の天辺に立った。が、そこから見下ろしても、水面には何の異状も見出せない。私は先に立って、いったん大岩を山側へ下り、その半ば辺りから今度は川側へ廻っていった。すると右手の奥まった辺りで、キラッと飛沫が上がるのが見えた。“あそこだ”と、すぐ後ろについてきた友ちゃんに目で知らせた。友ちゃんは緊張した面持ちで小さく頷き、右手の岩場の向こうへ目をやった。

そこは、長瀬から流れ込んだ水が左へカーブするところにできた、入り江のような溜りで、ぐるりと岩で囲われ、青々とした水を湛えている。

2人は足音を忍ばせて、なおもそこへ近寄っていった。バシャッと水の跳ねる音がした。足を停め、溜りを見下ろした私は、ハッと息を呑み、立ちすくんだ。

溜りの岸の岩の上に1本の細いヤチダモの木が生えていて、その木の上の方に大きな縞蛇がぐるぐると身を巻きつけ、水中の獲物を眈々と狙っている―。もっとよく見える位置に移るべく2人が一段下の岩に降りた直後、またバシャッと水音がした。反射的に目を向けると、水中に黒っぽい影が沈んでゆくのが見えた。はっきりとは識別できないが、それは大きさからみて先刻の鱒と同じものと思われた。

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