「第九といえば年末」ではない?欧州の意外な反応 ヨーロッパ人が一番に思い浮かべるものとは?

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第九をEUの賛歌として提案したのは、リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーというオーストリアの貴族だ。実はこの人物は、オーストリア人伯爵と日本人女性の間に生まれ、和名を「青山栄次郎」という。

日本とEU賛歌の深い関係

リヒャルトは、欧州の統一こそが平和と繁栄の礎になるという「汎ヨーロッパ主義」という思想の提唱者であり、EUの生みの親として知られる、欧州の歴史の教科書に最初に登場する人物だ。

ハプスブルク帝国の貴族であった父ハインリヒと、彼が外交官として日本で出会った商人の娘、青山光子との間に生まれた。1歳の時に東京から家族でハプスブルク帝国領であった現在のチェコに移り住み、その後ウィーンの名門校で教育を受けた。

リヒャルト
リヒャルトが通ったウィーンの学校にあるパネル(写真:筆者撮影)

第1次世界大戦直後、リヒャルトは「欧州を1つにすることで平和を実現する」という思想「汎ヨーロッパ主義」を提唱し、欧州各国の政治家や文化人などから大きな支持を得た。

隣国同士で戦争を繰り返した結果、多大な犠牲を出した欧州諸国。多民族国家オーストリアの外交官であった父と、遠い日本から来た母という両親を持つリヒャルトにとって、「1つの欧州」を実現することで、ヨーロッパの平和を実現したいという思いは、きわめて自然なことだった。

「1つの欧州」を目指し、自由、平和、団結を掲げたリヒャルトは、第2次世界大戦後も汎ヨーロッパ運動を推進し、ヨーロッパ共同体(EC)、のちのEUの結成に尽力した。

現在のEU誕生の思想的先駆者であり、その思想は現在のEUにも受け継がれている。

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