中国「無差別襲撃」の背景に"詰む人"多発の悪循環 「人生を再建しにくい制度」が人の心を追い詰める

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:抑えがきかずに事件を起こす人が増えてしまう。中国はそういう社会情勢になってしまったということでしょうか。

安田:前提として、中国では何か事件が起きても犯人の動機まで報道されるケースがほとんどないので、多くは外部から推測するしかありません。ただそれでもよく言われるのは、事件を起こす人たちには「社会に対する復讐心」があるということ。

というのも、今の中国社会には「詰んでしまった人」というのが非常に多くいると思います。その1つが、いわゆる多重債務者です。

多重に債務がある、かつ返済が滞ってしまっている人を中国では「失信人(しつしんじん)」と呼んでおり、彼らをめぐる制度が非常にえげつないものになっています。

例えば、債務を返す気のない悪質なやつだと当局側が判断した場合、その人の顔写真、名前、住所、身分証番号が、地下鉄の中などにさらされることがあります。この情報は公的なサイトでも検索可能です。

さらに失信人認定を受けた人は、ケース・バイ・ケースではあるものの、高速鉄道や飛行機の利用ができない、一定レベル以上の星付きホテルに宿泊することもできない、加えて国からの補助金などももらえない……ということになっています。

人間の心をかなり追い詰める

安田:日本に置き換えても同じだと思いますが、経済的に破綻してしまった人が自分の事業を再建しようと思っても、新幹線に乗れない、まともなホテルに泊まれない、といった制限が課されてしまったらまず無理ですよね。しかも、商業的に何かの契約を結ぼうと思っても、名前を検索されるとすぐ「悪人だ」と出てきてしまう。

この制度、もともとの目的は本当に不誠実な人をあぶり出して社会をよくしようというものだったはずです。ただとても可哀そうだなと思うのは、コロナ禍のロックダウンで、本人には不誠実なことをする気がまったくなかったのに多重債務者になってしまった人なども「失信人」になってしまっている点です。

さらにいうと、中国には自己破産制度がありません。多重債務状態で首が回らなくても、永遠に借金を返し続けなければならないわけです。事業は再建できないのに借金からも逃げられない……。この状況は正直、かなり人間の心を追い詰めるだろうと思います。

もちろん、目下たくさん起きている無差別事件のすべてが「失信人」によるものなのかはわかりません。ただ、最近の中国社会の閉塞感や経済低迷の影響は強く受けているのではないかと想像されます。

:一度落ちてしまうと再チャレンジできない、本当に厳しい社会ですが、一方でそういうところに落ちない人たちからすると、「悪人をちゃんと識別できていいじゃないか」という心地よい、支持されやすい制度といえるかもしれませんね。

安田:そういう側面があると思います。

動画内ではほかにも、「スパイ容疑で『邦人拘束』のリスクをどう考える?」「相次ぐ無差別事件 鎮静化への道筋は?」といったテーマについても扱っています。
撮影・編集:田中険人
劉 彦甫 東洋経済 記者

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りゅう いぇんふ / Yenfu LIU

東洋経済編集部員・記者。台湾・中台関係を中心に国際政治やマクロ経済が専門。現在は、特集や連載の企画・編集も担当。1994年台湾台北市生まれ、客家系。長崎県立佐世保南高校、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、修士(ジャーナリズム)。日本の台湾認識・言説を研究している。日本台湾教育支援研究者ネットワーク(SNET台湾)特別研究員。早稲田大学台湾研究所招聘研究員。ピアノや旅行、映画・アニメが好き。

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安田 峰俊 ルポライター

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やすだ みねとし / Minetoshi Yasuda

1982年、滋賀県生まれ。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員。著書『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』(KADOKAWA)が第5回城山三郎賞、第50回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。

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