軍事専門家が説く、情報分析の「罠の罠」の正体 分析対象に接近すればするほど陥りやすくなる

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ロシアがウクライナ侵略を始めてから、こんな意見に何度か接しました。「西側の言い分は偏っている。ロシアの報道を見よ。全く違うことを言っているではないか」。

その通りです。

ロシアでは自国が「侵略」をやっているとは言いませんし、むしろ西側と結託してロシアを脅かすウクライナこそが悪いということになっています。実際、私がロシア人だったらそう思うのかもしれません。また、西側の全てが正しいとは私も思いません。

でも、ロシア側もやっぱり偏っているんですよね。この戦争に関してロシアから出てくる言説の中には、かなり牽強付会なものであったり、そもそもまるで虚偽であったりというものが少なくありません。

だから「西側は偏っている」と言ってロシア側の言い分を無批判に受け入れるなら、それは偏りの中心点が移っただけではないでしょうか。

もっと言えば、ウクライナも偏っているし、いわゆるグローバルサウスも偏っています。ウクライナで戦争が起きているという事態に際しての利害得失がみんな違うからです。

自分はどう偏っているのか?

神様なら、あるいはAIとか宇宙人なら、これらを完全に公平な目で見ることができるかもしれません。例えば「長期主義」という考え方があって、ここでは1000年とか1万年とかいうスパンで人類の利益を考えて物事を判断すべきだとされています。

この考えによると、ウクライナがロシアに抵抗を続けると核戦争のリスクが高まって人類が破滅するかもしれないから早く降伏すべきだという結論が導き出されてくるのだと言います。

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でも情報分析をやっている私は当然、神様ではない。AIでも宇宙人でもないし、1万年後まで生きているわけでもない。

さらに私はロシア人でもないので、給料は日本の文部科学省からもらっていて、具合が悪い時は日本の医療保険の世話になり、歳を取ったら日本政府から年金を受け取ることになるでしょう。

だから、情報分析の目的は、この先何年かの間の日本の(というのは政府という意味ではなく、日本の社会や個々の日本人のことです)利益に資することでなければならない。

つまり私もまた偏っているわけですが、この偏りの中心点とロシア側の偏りの中心点はかなり隔たっています。だから私の分析の目的は、私の偏り方に近い中心点を見つけて、その利益に資することに置かれざるを得ません。

我ながらエゴイスティックではありますが、自分の偏りを意識せずして全く公平であるかのように振る舞うなら、それは自分を神のごとく扱う思い上がりだと思うのです。

小泉 悠 東京大学先端科学技術研究センター 准教授

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こいずみ ゆう / Yu Koizumi

1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMORAN)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所特別研究員を経て、東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。専門はロシアの軍事・安全保障。

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