室町時代の日本人とアフリカの辺境の共通点 複数の秩序が並立して社会ができている

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高野さんとくれば世界中を探検している猛者であるし、清水さんも著書は「神判」「耳鼻削ぎ」と多岐に渡るので話題が豊富である。

その話題の移り変わりが、一切予測不可能で実にエキサイティングなのだ。たとえば突然アフリカでは「どこのサッカーチームも自陣のゴールにバリアを張る呪術師を雇っている」という呪術的な世界をいまだに信仰する辺境の話に及んだかと思えば、その直後には「かつて日本では未来は『未だ来たらず』で後ろ側にある概念だった」と語句の時制話に展開していったりする。

これは、勝俣鎮夫さんという日本中世史の先生が論文に書かれていることなんですが、戦国時代ぐらいまでの日本人にとっては、未来は「未だ来らず」ですから、見えないものだったんです。過去は過ぎ去った景色として、目の前に見えるんです。当然、「サキ=前」の過去は手に取って見ることができるけど、「アト=後ろ」の未来は予測できない。

戦国時代、同性愛は珍しくなかった?!

かなり専門的な言語仕様の話題にもかかわらず、高野さんも世界各地を転々としながら言語を学んでいった言語オタクであるから、どんどん食いついていく。「未来のことを言っているのか、過去のことを言っているのかわからないことがしばしばあるんです。ソマリ語もそうなんですよ」それがどのような話題であれ「そういえばね」と知識や経験から引き出せる高野さんのすごさが際立っている。

個人的にいちばんおもしろかったのは、戦国時代の同性愛文化の合理性についての話。戦国の時代では同性愛が当たり前だったが、「過酷な社会を生き抜くためには女をはべらせてなんかいられない」というマッチョな価値観が、当時はまかりとおっていたからなのだという。そりゃ、そうだろうなあ……と思うものの、その後の2人の会話のトーンが実にまじめくさってシリアスなので(別に笑いごとではないのだが)笑ってしまう。

清水:本当に信頼できる部下を身の周りに配置するのが一番安全だし、その部下と肉体的な関係まで結んでしまえば、絆がより強固になるという。
高野:だって、女がいたら守らなきゃいけなくて、大変な手間だけど、男だったら自分を守ってくれるわけだし。
清水:仲間として一緒に戦えるわけですよね。合理的ですよね。

 

多様な話題を包括していき、次に現れる話題は予測不可能。さまざまな場所に行って、誰も体験したことのない経験を抱えるがゆえに「ひとつ困るのは話相手がいないことだ」と語る高野さんが、同じ経験こそしていないものの、事象を抽象化し日本の中世史との比較文明論として語ることのできる清水さんと出会えたこの対談は、全編とても楽しそうで、こちらまで楽しくなってきてしまう。

時には清水さんが問題提起し、高野さんが世界を回った経験や知識から該当するものを引き出して返答し、さらなる問題を提起する。逆に高野さんが日本史に関するさまざまな仮説を並べ立てれば清水さんが当意即妙に類する、あるいは裏付ける歴史資料やエピソードを引き出してくる。

両者の魅力をお互いに引き出しあい、一人では不可能であった、ワクワクするカオスを生み出すこと。それこそが対談本の面白さであり、本書はまさにそのボテンシャルを最大限引き出している。読み終えた時には両者への興味も増し、二人の単著を遡って読みたくなるはずだ。

冬木 糸一 HONZ

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1989年生。フィクション、ノンフィクション何でもありのブログ「基本読書」運営中。 根っからのSF好きで雑誌のSFマガジンとSFマガジンcakes版」でreviewを書いています。

 

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