神経科学がもたらす経済学の大きな革命--ロバート・J・シラー 米イェール大学経済学部教授

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だが、大半の経済学者にとって、グリムシャーは宇宙からやってきたような存在だ。彼が博士号を得たのは、ペンシルべニア大学医科大学院神経科学部である。しかも彼のような神経経済学者が行う研究は、従来の同僚たちと過ごしてきた知性面での“快適ゾーン”の枠をはるかに越えている。なぜなら神経経済学者は経済学の中核的な概念の一部を脳の特定の構造と結び付けることで前進させようとしているからだ。

あいまいな状況に脳はどう対応するのか

現代の経済と金融の理論の多くは、人間が合理的であり、自らの幸福、あるいは経済学者が言う「効用」を体系的に最大化するという前提に基づいている。サミュエルソンがこのテーマに取り組んだときには、脳を調べることはなく、代わりに「顕示選好」を頼りにした。人間の目的はその経済活動を観察することによってのみ明らかになるという考えだ。彼に導かれて何世代もの経済学者が、思考と行動の根底にある身体構造ではなく、合理性の前提だけに基づいて研究を行ってきた。その結果、グリムシャーは、広く見られる経済理論に対して懐疑的となり、そうした理論の身体的な基礎を脳内に見つけようとしている。

彼は特に、人間が不確実性に直面した際に、効用理論の重要な要素を処理する脳の構造を特定したいと考えている。その要素とは、「(1)主観的価値(2)確率(3)主観的価値と確率の積(主観的価値の期待値)(4)選択肢から最大の『主観的価値の期待値』を持つ要素を選択する神経計算メカニズム」の四つだ。

グリムシャーと同僚たちは、根本的な脳の構造の大半をまだ見つけていない。それは、そうした構造が単に存在しないからかもしれないし、効用最大化理論が間違っているか、少なくとも根本的な修正を必要としているからかもしれない。もしそうならば、こうした発見だけでも経済学を根本から揺るがすことになる。

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