実は、狩猟時代のほうが農耕時代より豊かだった? 最近の研究で明らかになる、太古の人間の生活

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最近の研究から、食物の多様性に限らず、日常生活も狩猟採集時代のほうが「豊か」だったという見方が出てきています。

農耕生活の始まりの頃と比べてのことだけではなく、現在の私たちの暮らし方と比べてもそういえるとする研究者もいます。「豊か」とは、皆が日常を快適に送るという意味です。

実は「豊か」だった狩猟採集時代

すでに指摘したように農耕民には栄養失調が見られます。しかも農耕生活では、その年の気候によって主要作物が不作になり、飢えに苦しむ場合が少なくなかったのに対し、狩猟採集の場合は、災害が起きたらその場所から移動すればよかったのです。

労働時間も現存のアフリカでの狩猟採集民の場合、週に35~45時間という値が出されています。毎日の採集時間は3~6時間、狩りは3日に一度くらいしか行いません。そこで、皆で語り合う時間がたっぷりあるのです。

感染症の問題もあります。

長い間私たちを苦しめてきた天然痘やはしかなどの感染症は、そのほとんどが家畜に由来するものであり、農耕社会になってから感染が拡大しました。

当初の集落はゴミや排泄物などで不潔な状態でしたから、病気が広がりました。小さな集団で移動している狩猟採集社会では、病原体の感染は起こりにくかったので、これも決してよい方向へ向かったとはいえません。

このような比較から、研究者たちは狩猟採集生活を「豊か」と表現するようになり、以前のような野蛮人というイメージは、はっきり消えました。

とはいえ、子どもの死亡率は高く、大人になっても病気や怪我の治療は難しかったに違いありませんから、決してそこに戻ろうという暮らしでないことは明らかです。

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ただ、自然の一員としてどう生きるかという問いを考えるときに、思い出す必要がある時代であることは確かです。私たちとは無縁の遠い世界の話ではなく、自身の生き方に関わっていることを忘れてはなりません。

COVID-19騒ぎの前は、感染症の時代は終わった気持ちでいたように思います。がん、高血圧、認知症のような病気には関心があっても、感染症はインフルエンザに気をつける程度、大した問題ではないという受け止め方です。

しかし今や、それは思い上がりだったと気づかされました。

自然界にはこのようなことがよくありますので、現代社会の見直しをするときには、思い込みをなくし、事実に向き合う必要があります。農耕社会、ひいてはそれを発端として始まった文明社会を考えていくときに参照しなければならない狩猟採集生活の特徴は少なくありません。

中村 桂子 JT生命誌研究館名誉館長

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なかむら けいこ / Keiko Nakamura

1936年東京生まれ。東京大学大学院生物化学専攻博士課程修了。理学博士。国立予防衛生研究所をへて、71年三菱化成生命科学研究所に入り、日本における「生命科学」創出に関わる。生物を分子の機械ととらえ、その構造と機能の解明に終始する生命科学に疑問を持ち、独自の生命誌を構想。93年「JT生命誌研究館」設立に携わる。早稲田大学教授、東京大学客員教授、大阪大学連携大学院教授などを歴任。『自己創出する生命』『生命誌とは何か』『科学者が人間であること』『中村桂子コレクション・いのち愛づる生命誌(全8巻)』『老いを愛づる』など著書多数。

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