「かわいい電車ブームっていうのが確かにあったよね」という話を先日、人としていた。お相手は長らく鉄道書籍に携わっておられる方で、その仕事の関係上、鉄道趣味の流行に詳しかったりする。
「かわいい電車」というのは、主としていわゆる一両編成のローカル線を指した言葉である。製造から年数の経過した「レトロ」な車両がゆっくり走る姿、あるいはその本数の少なさなどをまとめて「かわいい電車」と表現していたのだ。もっとも正確には、「かわいい気動車」といったほうがより適切ではあるが、ここはあえて当時の言葉を拝借しておく。
電車ブームの全盛期は、おそらく2010年ごろで、雑誌の旅特集でも大々的に取り上げられていた。当時のコンセプトは、「忙しい都会での日常を離れて、のんびりした列車で非日常を味わいましょう」というものだった。「1時間に1本なら、1時間自由です」というコピーをつけた雑誌を見たこともある。
のんびり列車を待つのは簡単なことではない
確かに、無人駅で文庫本を読みながら1時間後の列車を待つ、というのはのんびりしていて楽しそうである。年に数回なら。しかしながら、当該の「かわいい電車」を毎日の足としている人間からすれば、そんなにかわいいものではない。これは、3時間おきにしか列車がこないところで18年間育った私の主観が大いに混じっている。1本逃せば途方に暮れるし、終電は早いし、次の列車までの2時間の使い道に困ったことも1度や2度ではなかった。
2007年頃に鉄道雑誌で、「山手線は駅に朝晩以外の時刻表が掲示されていない」という記事を読み、大変ショックを受けた。「都会だと次から次に列車が来るから、別に時刻表がなくてもいいのか!」と。もっとも、かわいい電車ユーザーも時刻表がなくても平気だった。それは単に「列車の本数が少ないから、覚えられる」という理由なのだが。
時間を2015年に戻す。冒頭のある人としゃべっていたときに、「最近は旅情がないね」という話題になった。具体的にこれがどういう文脈であったか申し上げると、「列車に乗って地方に出かけても、車窓に映るのは郊外の大規模なショッピングセンターで土地ごとの違いがない」というものである。三浦展氏がかつて提唱した「ファスト風土」という概念に通じる。しかしそうはいっても、車がメインの社会では、大きな駐車場のある大規模なショッピングセンターは便利だし、スターバックスやセブン‐イレブンが出店したらやっぱり嬉しい。
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