選挙後大混乱「ベネズエラ」に何が起きているのか 中南米諸国の憧れだった国に今起きている事
チャベスは国の問題を解決できる唯一の人物となることで、自らが率いるはずだった国家そのものを弱体化させてしまったのだ。
ガンソンによると、チャベスは「覇権主義的」で、カルト的な人格を築いた。「彼は救世主だった。約束の地へと導くつもりで、その間にあるものはすべて、彼にとって厄介なものだった。すなわち、チェック・アンド・バランス、三権分立、あらゆる種類の市民社会、報道の自由、その他すべて。邪魔なだけだ」。
権力を失うことを懸念したチャベス
しかし、チャベスのプロジェクトは「詐欺だった」とガンソンは言う。
2002年、反体制派の軍人や野党のメンバーが短期間のクーデターでチャベスを追放しようとした。その直後、強力な国営石油会社の経営者たちが政府に対して全国的なストライキを起こし、数カ月にわたって経済を麻痺させた。
権力を失うことを懸念したチャベスは、2004年のリコールでチャベスを追放することを意図した活動に署名した市民のデータベースを作成するなど、新たな統制手段を導入した。これが新たな監視システムの核となった。
それでもチャベスの人気は衰えなかった。原油価格は回復し、国には潤沢な資金があった。国家は無償教育、助成金、奨学金、医療を拡大した。社会指標は急上昇した。
彼は、アナリストたちが「ピンクの潮流」と呼ぶ、チャベスを見習いたいと願う南米各地の左派指導者たちの象徴だった。
著書『How Democracies Die(民主主義はいかにして滅びるか)』の共著者であるレビツキーは、2004年から2016年までの数年間を「競争的権威主義」の時代と表現した。