イラン大統領選で最高指導者が見せたサプライズ 改革派大統領を登場させた最高指導者の本音

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これまでの選挙では、決選投票に持ち込まれると投票率は下がる傾向にあった。しかしSNS上では、このハメネイ師がペゼシュキアン氏を記入する動画で炎上したため、第1回選挙より多くの人が投票所へと向かった。その結果の、改革派・ペゼシュキアン氏当選なのだ。

これには伏線がある。6月27日の最初の大統領選挙で、強硬派は立候補者を1人に絞れなかった。対して、改革派はラスボス級の人々が「大統領選挙に出馬しない」と宣言し、ペゼシュキアン氏を応援した。

目立った強硬派の選挙戦略ミス

強硬派が立候補者を絞っていれば投票数は過半数を獲得し、決選投票まで持ち込まずに当選できたはず。明らかに戦略ミスであった。革命防衛隊出身のガリバフ国会議長、ジャリリ元最高安全保障委員会事務局長、プルモハンマディ元司法相の強硬派立候補者3名の票を合計すると約6割あった。

立候補者を1人に絞っていれば、1回目の選挙で当選できていた。そのため強硬派内では、ジャリリ氏のために辞退しなかった2人、とくに支持率が比較的高かったガリバフ氏への非難がやまない。

決選投票では、ガリバフ氏はジャリリ氏に大統領の座を譲るつもりで立候補を辞退したが、今回の選挙は投票率が40%であれば強硬派の勝利、投票率が50%あれば改革派の勝利という見通しだった。

決選投票では、ようやく1回目の選挙で強硬派の票すべてがジャリリ1人に集まったが、1回戦の2400万人の投票者が決選投票では3000万人に増え、その差の600万票が保守派のペゼシュキアン氏に流れ、当選へとつながったことになる。

今回の選挙で、改革派はどう動いたか。前述のラスボス級の人物、すなわちハテミ前大統領、ロウハニ前大統領、イラン人に人気のザリフ元外相が大統領選不参加を表明した。しかもハテミ氏はペゼシュキアン氏に大統領選挙に立候補するよう説得し、ペゼシュキアン氏の応援に回っていた。

ロウハニ前大統領も大統領選挙前にペゼシュキアン氏支持を表明。若者に人気のザリフ元外相はペゼシュキアンの選挙運動の顧問になり、強力にペゼシュキアン氏の選挙戦をサポートした。

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