「宮藤官九郎作品は不適切」と言う人に欠けた視点 「ホモソーシャル作家」という評価は正しくない

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気をつけなければいけないのは、男性同士が仲良くすることや、その絆自体に問題はないということだ。だが、それが女性を排除したり、蔑視したりすることにつながると問題である。

『木更津〜』では酒井若菜演じるモー子に対して、男たちが「ヤラせろ」といった軽いノリをしめす。男性同士の絆を強固にするために、モー子というキャラクターが使用されている感も否めない。

現在の価値観では疑問視されるのは当然のことで、当時見ていた高校生の筆者の価値観としても「大人になったらこうなるのか……?」と疑問を感じ、抵抗感を覚えるものではあった。

宮藤本人も、女性の気持ちがわかるわけないと言われることについて、「たしかに、僕も自分の作品を見返すと、『タイガー&ドラゴン』あたりまでの女性の描写や扱いはひどかったんです。だからそれはわかるんだけど、僕も歳をとっておじさんになって、さすがに言っちゃいけないことはわかっている」(同上)と語っている。

2005年放送の『タイガー〜』よりも『木更津〜』は前なので、この反省の範疇に入るはずだ。一方で、現在に至るまでにアップデートしてきた自負もあるようである。

2010年代を境に大きく変化した

『木更津〜』の印象が強すぎるせいか、宮藤を男性同士がワイワイするのを描く作家・ホモソーシャル的な価値観の作家と見る向きもあるようだ。だが、本当にそうなのだろうか。

宮藤本人は今年、こんな文章をつづっている。

「僕の作品を今だに『中2男子のわちゃわちゃ感』『女性を排除している』『ホモソーシャル的』と評する人がいるらしい。いやいや。男子校に通っていたのなんてもう36年前だし、(中略)家に帰れば奥さんと娘、実家に帰れば母と姉。俺の周りは女性ばかり」(『不適切にもほどがある!』、KADOKAWA)

宮藤はかつて「『モテない』と『田舎にいる』というのが2大コンプレックスでした」とも語っていた(「宮藤官九郎が語る“主人公を死なせる理由”」)。だが、女性ばかりの環境に生きていることや、ラジオやコラムなどでの発言を踏まえても、少なくとも宮藤本人は、モテなかったことが転じて、女性を崇めることはあっても、攻撃に転化するようなタイプには思えない。作品にも目を向けてみよう。

『池袋〜』の前年、磯山晶との初タッグであり、単独脚本でのテレビドラマデビュー作『コワイ童話「親ゆび姫」』(1999年、TBS)は、女子高生(栗山千明)が、自分を理由なく振った男子高校生(高橋一生)を小さくして、意のままにしようとする物語だ。

女性が小さくなる『南くんの恋人』は、1994年に最初にテレビドラマ化されてから今年初めて男女逆転するまで30年かかっているが、宮藤はデビュー作でその男女の力関係の逆転を描いているのだ。

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