「積極財政派」「財政再建派」提言に見る希望と絶望 「PB黒字化目標」に代わる新たな財政政策の指標

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では、財政赤字は、どこまで拡大できるのであろうか。

企業貯蓄がマイナスに転じたら、つまり投資超過になれば、経済は成長する。ただし、民間投資が増えすぎて、ネットの資金需要がマイナス10%になったら、バブル経済となる。バブル経済を引き起こさないようにするには、ネットの資金需要をマイナス5%程度に維持すべく、財政赤字を削減する必要がある。つまり、財政健全化が求められるのは、民間投資が過剰になった場合のみだということである。

そして、その赤字財政支出の上限として、財政政策検討本部は、「ネットの資金需要をマイナス5%程度にする」という財政指標を提案しているのだ。

「マクロ経済政策」視点が欠落している財政審

実は、財政政策検討本部の提言は、経済成長と財政健全化の両方が重要であるという点において、財政審と一致している。しかし、両者の最大の違いは、次の点にある。

財政政策検討本部は、「ネットの資金需要」を財政指標にするという提案に明らかなように、財政赤字を拡大すべきか縮小すべきかを決めるのは、財政収支ではなく、マクロ経済環境だと考えている。財政政策を「マクロ経済政策」として論じているのである。

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これに対して、財政審の建議は、マクロ経済の状況如何にかかわらず、「プライマリーバランス黒字化」を堅持すべきだとしており、財政支出の抑制がGDPに与える影響を無視している。「マクロ経済政策」という発想が欠落しているのだ。

だから、財政審は「プライマリーバランス黒字化」が「債務残高対GDP比の安定的な引き下げ」と矛盾する可能性について一顧だにしていないのである。

また、財政審は、企業が貯蓄超過の状態で、財政健全化を優先しつつ、民間主導の経済成長を実現するために「既存の社会経済システムを大胆に変革する」などと述べている。しかし、そのようなマクロ経済学の根本原理を無視した「社会経済システムの変革」などは実現不可能である。それは、マクロ経済政策というものを理解していない素人が抱きがちの「夢想」に過ぎない。そのことを、我々は「失われた30年」という犠牲を払って思い知ったはずだ。

このように、自民党財政政策検討本部の提言は、財政審の建議よりも、理論的にはるかに優れている。与党の一部の国会議員のほうが、経済学者などの有識者よりも、マクロ経済政策を正しく理解しているのだ。

ここに、我が国の希望と絶望がある。

ちなみに、自民党財政政策検討本部の提言は、次のような言葉で締めくくられている。「マクロ経済のバランスを無視して歳出抑制に邁進してきた財務省に猛省を求める。」

中野 剛志 評論家

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なかの たけし / Takeshi Nakano

1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『奇跡の社会科学』(PHP新書)などがある。

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