「女子高生に扮したおじさんの恋」にグッときた夜 NHK「VRおじさんの初恋」が名ドラマである理由

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一方、NHKは社会的弱者を描いたドラマを多く作っているものの、作っている人たちの中心は社会的強者、成功者の側である。悪気はなくとも、どうしてもやや上から目線のお説教的なドラマになりがちだ(だからこそ以前、同局で放送された内村光良のコント番組で「NHKなんで」というギャグも生まれたのだろう)。

俗に言う「パンがないならお菓子を食べればいいじゃない」的なズレがいつもどこかにある気がするのだ。その点、『VRおじさんの初恋』はその差異を埋められる可能性をもった作品だ。

VRの世界を真実として生きる者たちをどうとらえるか。これは世界の未来にとって大きな課題である。世の中はまだVRの世界に懐疑的な人も少なくはないだろう。おじさんのアバターが美少女(それも制服や露出の高い服やうさぎの耳のかぶりもの)であることに引っ掛かりを覚える視聴者もいるだろう。

とりわけ原作はホナミの露出度が高いし、ホナミとナオキの関係描写も生々しく、食わず嫌いする人もいそうではある。逆に、ドラマの現実パートのほうを好む視聴者もいるかもしれない。学校で浮いた存在である葵の友人関係のエピソードなんかもいい話ではある。

でも、純粋な少女の姿が穂波と直樹の本質だと思えばいいだけなのだ。見た目も出自も地位も全部なくして、自分の好きな依代(よりしろ)に魂を入れる。それが差別も区別もないVRの世界である。

VRの世界ならすべてがとっぱらえる

VRの世界では成功者もうまくいかない者も、年齢も、性差も、病気も関係ない。

穂波は現実世界では病気になって現実世界での寿命はわずかではあるものの、成功者としての人生を歩んできた。経済的に成功し、子も孫もいる。ひとり暮らしだが、料理上手で、まだ車の運転もできるし、部屋数も多い大きな家に住んでいる。ほんとうだったら、築古そうなアパートにひとりで住んで希望退職するかどうか悩んでいるような直樹との接点はなかっただろう。

多様性の時代、あらゆる差異をなくしていくことを目指しているとはいえ、簡単なことではない。性差やルッキズムをなくすのみならず、年齢差別にも意識をもっと向けるべきではないか(欧米は履歴書に年齢を入れず実績だけで見る)。

その点、VRの世界ならすべてがとっぱらえる(そのシステムに対価がかかる場合、支払う経済的能力はないとおのずと外れてしまうけれど、それはさておく)。そこに頼る人たちがいることこそが現実なのだ。

直樹が「トワイライト」の終わりを見届けようとしたように、ドラマ『VRおじさんの初恋』の終わりを静かに見届けたい。

木俣 冬 コラムニスト

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きまた ふゆ / Fuyu Kimata

東京都生まれ。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。

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