グローバル化が進むと「封建的な世界」になる理由 ナショナリズムこそリベラルな社会の前提条件

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中野:施さんや古川さんがおっしゃったグローバル化と国際化がごちゃ混ぜにされるのって、実は世界的に見られる現象なんですよね。施さんのアンケートからも、人々はこの違いを少なくとも暗黙のうちに理解しているようなのですが、政策としては反映されていない。

インテリは前近代からグローバル志向だった

中野:私の考えとしては、近代をどう捉えるか、っていうところと関係があるんじゃないかと思います。佐藤さんのおっしゃるように近代は普遍性を目指す動きだと理解されがちですが、実際にそうかというと、私は違うと思うんですよ。

中野 剛志(なかの たけし)/評論家。1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学工学研究科大学院准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『小林秀雄の政治学』(文春新書)などがある(撮影:尾形文繁)

前近代、例えば封建社会では、国境なんて意識されていなかった。その代わり、固定された階級があり、エリート層はラテン語を使い、キリスト教世界でグローバルに活動していました。インテリはグローバルだったわけです。近代化とともに庶民が権利を持ち始めると、ラテン語じゃなくてフランス語などの現地語、俗語で喋る必要が出てきて、国境が意識され始め、ナショナリズムや国境の概念が出てきました。つまり、個別化は近代の産物で、前近代ではあまり意識されていなかったわけです。

じゃあ、グローバリゼーションとは何か。インテリは今でも、エニウェア族、つまりどこでも生きられるグローバルな存在でいたい。これは前近代も同じ。ただ、庶民が民主的に参加し始めると国境の壁が生まれるんです。でもエリートだけだったら、学問の世界では特に、グローバルな交流は当たり前のことです。自分たちだけの世界では、楽しく、知的な刺激もあり、問題もない。そんな状況ですから、「Imagine」も歌いたくもなりますよね。

ですから、グローバリゼーションを推し進めたいのは、インテリ、つまり知識階級なのです。アンケートで見ると、一般の人々がそういう世界を必ずしも望んでいないことがわかります。でも、思想やジャーナリズムを紡ぎ出しているのはインテリです。その彼らの思想は、本質的に封建的、メリトクラシーという階級制を重んじる。だからグローバリゼーションが進むと封建的な世界になる、という言説は矛盾しているわけではなく、そもそもそのトップにいるインテリの考えが、封建的だったということなんじゃないですかね。

「令和の新教養」研究会
「れいわのしんきょうよう」けんきゅうかい

この複雑で不安定な世界を正しく理解するためには、状況を多面的に観察し、幅広く議論し、そして通俗観念を批判することで、確かな思想を鍛え上げなければなりません。内外で議論の最先端となっている書籍や論文を基点として、これから世界で起きること、すでに起こっているにもかかわらず日本ではまだ認識が薄いテーマを、気鋭の論客が読み解き、議論する研究会です。コアメンバーは中野剛志(評論家)、佐藤健志(評論家、作家)、施光恒(九州大学大学院教授)、古川雄嗣(北海道教育大学旭川校准教授)の各氏。

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