「父宮ではありませんよ。でも、私もまた近しくしてもらっていい人間だ。こっちにいらっしゃい」
と言う声を聞き、あのご立派だったお方だと、姫君は幼心に理解して、まずいことを言ってしまったと思い、少納言にぴたりとはりつき、
「もう行こうよ、眠たいもの」と言う。
「今さらどうしてお逃げになろうとするの。私の膝の上でおやすみなさいな。もう少しこちらにいらっしゃい」と光君が言うと、
「ですから申し上げましたのです、まだこんなに頑是(がんぜ)ないお年頃でいらっしゃいますと」
そう言って少納言は姫君をそっと光君のほうに押しやった。姫君はそこにおとなしく座りこむので、光君は御簾(みす)に手を差し入れてさぐってみる。姫君のやわらかな着物に、つややかな髪がふさふさと掛かっているのに手が触れる。驚くほどみごとな髪に思える。光君に手をつかまれた姫君は、知らない人がこんなふうに近寄ってくるのは気味悪く、おそろしく感じ、
「眠たいって言っているのに」
と逆らって逃げようとする。その隙に光君はするりと御簾の内側に入ってしまった。
「世にまたとないこの愛情」
「これからはおばあさまのかわりに私があなたをかわいがってあげる。そんなふうに嫌がらないで」
「まあ、嫌ですわ、あんまりでございます。何をお言い聞かせなさっても、その甲斐もございませんでしょうに」と、困り果てた様子の少納言に、
「いくらなんでもこんなに幼い人を、私がどうかするとでもお思いですか。どうか世にまたとないこの愛情を終わりまで見届けてください」と光君は言う。
霰(あられ)が降ってきて風も荒くなり、おそろしい夜になってきた。
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