「妊娠したら辞めて」教育委員会のマタハラを"証言" 都のSC大量雇い止めは「女性差別の問題」だ

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臨床心理士の多くは経験を積むために学校だけでなく、福祉施設や病院、自治体などさまざまな職場で働く。その中で自身の専門を極めていく人もいれば、幅広い分野で活躍する人もいる。小林さんは小児科病院や大学でも働いているが、自らのアイデンティティはSCにあるという。

ほかのSCたちと同じく学校からの評価は高かったといい、「『あなたがいてくれてよかった』と言われるよりも、『SCがいてよかった』と言われることのほうがうれしかったです。学校にSCが必要な存在として定着してほしいと思ってきたので」と語る。

しかし、小林さんのひたむきな思いとは裏腹に出産後、2校あった勤務校は1校に減らされた。その後、2校勤務に戻れるよう希望を出し続けたが、かなうことはなかった。そして今回の雇い止めである。「SCの仕事が大切だから何としてでも続けてきたのに。これではまるでやりがい搾取です。せめて不合格の理由を教えてほしい」という小林さん。かかわってきた子どもや保護者たちに思いを寄せると同時にこうつぶやいた。

「『お仕事は何ですか?』と聞かれても、もう『SCです』と言えなくなってしまう」

1校当たりの年収は約170万円

取材する限り、子どもか仕事かを迫るような指示は、会計年度任用職員制度が導入された後はなくなったようだ。しかし、こればかりは現在は問題がなくなったからよいという話にはならない。都のSCは平均週1回の出勤で、日当は4万4100円、1校当たりの年収は約170万円。収入の相当部分を占めるという人も多く、簡単に辞めることは難しかっただろう。10年、20年と働き続けてきたSCの中には、時任さんのように厳しい選択を迫られた女性はほかにもいるのではないか。

都のSCの賃金水準はほかのカウンセラーの仕事と比べると高いとされる。一部には都の待遇は手厚すぎるという批判の声もあると聞く。持論にはなるが、これは都の水準が高すぎるのではなく、ほかの心理職が低すぎるのではないか。批判するエネルギーがあるなら、都のSCの待遇を切り下げるのではなく、ほかの心理職の待遇を押し上げるために使うべきだろう。私自身は日当4万4100円が高いとは思わない。それが専門職というものである。SCたちは専門知識を身に付け、好待遇を得るだけの努力をしてきた。

いずれにしても妊娠中の女性が別の仕事を探すことは極めて難しい。都教委の指示は彼女たちに無職になれと言うのと同じことなのではないか。

都教委指導企画課は「会計年度任用職員に移行された後は『妊娠出産休暇』を利用することができるようになりました。それ以前に(妊娠出産について)どのような説明をしていたかはわかりません」とする。

取材では、不本意ながら妊娠のたびに仕事を辞め、公募試験を受けなおしたという女性にも出会った。都のSCは、長年にわたってさまざまな理不尽を飲み込みながら働き続けた女性たちによって支えられてきた。その中には多くの「時任さん」や「小林さん」がいたのではないか。「妊娠したら辞めていただきます」という言葉の呪縛は重い。

藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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