「災害医療チーム」を通して見えた能登地震の課題 DMAT派遣数は東日本大震災の3倍の1000隊超え

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今回、つくばセントラル病院(茨城県牛久市)のDMAT隊の、1月5日から9日までの軌跡を追った。

■1月5日(金)午後1時

厚生労働省事務局を通じて、石川県から同院にDMAT派遣要請の連絡が入る。この連絡を受け、同院では派遣要請に応じるかどうかの協議を開始。

金子剛病院長は「余震の恐れもあるので、被災地に職員を行かせるには不安があった」と、逡巡した当時を振り返る。しかし、救急救命士の伊藤翔平氏ら、同院のDMAT隊の「被災地を支援したい」との熱意に動かされ、派遣にGOサインを出す。

■1月6日(土)午前8時

同院救急診療科の山本祐二医師と、看護師の本名航氏と川村純江氏、救急救命士の伊藤氏が石川県に向けて出発する。途中で給油や昼食を取りながら、約8時間後の午後4時頃、能登医療圏DMAT活動拠点本部のある能登総合病院に到着した。

公立穴水総合病院が支援の拠点

能登半島は縦に長細く、くの字の形をしている。北部の震源地に珠洲市、輪島市があり、そこから下がって同半島中部に能登町、穴水町がある。七尾湾の下側には七尾市が位置し、くの字の一番下に金沢市がある。

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