福島原発事故における被ばく対策の問題・現況を憂う--西尾正道・北海道がんセンター院長(放射線治療科)
また環境モニタリング値を住民がリアルタイムで知ることができるような掲示を行い、自分で被ばく量の軽減に努力できる情報提供が必要である。また測定点はフォールアウトし地面を汚染しているセシウムからの放射線を考慮して地面直上、地上から30~50センチメートル(子供)用、1メートル(大人用)の高さで統一し、生殖器レベルでの空間線量率を把握すべきである。
土壌汚染に関しては、文科省は校庭利用の線量基準を、毎時3.8マイクロシーベルトとしたが、この値も早急に低減させる努力が必要である。そもそもこの値は、ガラスバッジを使用している放射線業務従事者の年間平均被ばく量の約100倍、妊娠判明から出産までの期間の妊婦の限度値2ミリシーベルトの10倍であり、見識のある数値とは言えない。
学校の校庭の土壤の入れ替え作業も一つの対策だが、24時間の生活の中で被ばく低減の効果には限界がある。
1990年のICRP勧告が日本の法律に取り入れられたのは2001年であり、11年も世界の流れに遅れて対応する国なので、多少のデタラメさは承知しているが、法治国家の一国民として為政者の見識なき御都合主義には付き合いきれない。
最後に、私の本音は移住させるべきと考えている。
原発事故の収拾に全く目途が無い状態では長期化することは必至であり、避難所暮らしも限界がある。このままでは年金受給者と生活保護者も増え、汚染された田畑や草原では農産物も作れず畜産業も成り立たない。
放射線の影響を受けやすい小児や子供だけが疎開すればよいという事ではない。住民の経済活動そのものが成り立たない可能性が高いのである。
また放射性ストロンチウムの濃度は日本では放射性セシウムの一割と想定しているため除外され、核種の種類に関する情報も欠如している。ストロンチウム89の半減期は50.5日だが、ストロンチウム90の半減期は28.7年である。成長期の子供の骨に取り込まれ深刻な骨の成長障害の原因ともなる。
メンタルケアの問題も、毎日悪夢のような事態を思い出す土地で放射能の不安を抱えながら生活するよりは、新天地で生活するほうが精神衛生は良い。移住を回避するという前提での理由づけは幾らでもできるが、健康被害を回避することを最優先にすべきである。
5月26日の新聞では土壌汚染の程度はチェルノブイリ並みであると報じられたが、半減期8日のヨウ素が多かったチェルノブイリ事故と異なり、半減期30年でエネルギーも高いセシウム137が多い福島原発事故はより深刻と考えている。
政府は土地・家屋を買い上げ、まとまった補償金・支援金を支給して新天地での人生を支援すべきである。先祖代々住んでいた土地への執着も考慮して、住める環境になった時期には、優先的に買い上げた人達に安価で返還するという条件を提示すれば、住民も納得する。
また、70~80歳を過ぎた老夫婦が多少の被ばくを受けても「終の棲家」として原発周辺で住むのも認めるべきである。老人の転居はむしろ身体的にも精神的にも健康を害するからである。お上のすべきことは正確な情報を公開し、住民に選択権を与え、支援することである。
今までの政府・東電の対応を見れば、おろかかお人好し以外の国民は「絵に描いた餅の行程表」など誰も信用していない。
将来、発がん者の多発や奇形児が生まれたりして集団訴訟となる事態を回避するためにも、政府は多額の持ち出しを覚悟すべきである。
長い眼で見れば健康で労働できる人を確保することが、国としての持ち出しは少なくなるのである。なお今後の復興計画の策定に当たっては、高齢社会の医療・介護の問題も考慮して医療関係者も参画した地域再生計画が望まれる。
これを機に、ラディカルに考えよう
今回の地震・津波・原発事故は日本社会のあり方に問題を提起した。医療の場面でもここ数年の医療崩壊とも言える事態は社会崩壊の一部であるという認識に立って対応する必要があるが、そうした視点でなお議論され対策が行われていない。
原子力利用による電力確保は国策民営として勧められ、地域住民には多額の原発交付金を与え懐柔してきた。こうした、札束で人心を動かす手法で、54基の原発を持つ原発大国となった。