福島原発事故における被ばく対策の問題・現況を憂う--西尾正道・北海道がんセンター院長(放射線治療科)

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 また放射性医薬品を扱っている日本メジフィジックス社は事故直後にラディオガルダーゼ(一般名=ヘキサシアノ鉄(�)酸鉄(�)水和物)を緊急輸入し無償で提供した。
 
 この経口薬はセシウム−137の腸管からの吸収・再吸収を阻害し、糞中排泄を促進することにより体内汚染を軽減する薬剤である。作業員にはヨウ素剤とともにラディオガルダーゼの投与を行うべきである。このままでは、いつもながらの死亡者が出なければ問題としない墓石行政、墓石対応となる。
 
地域住民に対する対応の問題

地震と津波の翌日に水素爆発で飛散した放射線物質は風向きや地形の違いにより、距離だけでは予測できない形で周辺地域を汚染した。
 
 高額な研究費を費やしたとされるSPEEDIの情報は封印され、活用されることなく3月12日以降の数日間で大量の被ばく者を出した。SPEEDIの情報は3月23日に公開されたが、時すでに遅しである。
 
 公開できないほどの高濃度の放射線物質が飛散したことによりパニックを恐れて公開しなかったとしか考えられない。郡山市の医院では、未使用のX線フィルムが感光したという話も聞いている。また静岡県の茶葉まで基準値以上の汚染が報告されているとしたら、半減期8日のヨウ素からの放射能が減ってから23日に公開したものと推測できる。

菅首相の不信任政局のさなか、原口前総務大臣はモニタリングポストの数値が公表値より3桁多かったと発言しているが、事実とすれば国家的な犯罪である。情報が隠蔽されれば、政府外の有識者からの適切な助言は期待できず、対応はミスリードされる。

「がんばろう、日本!」と百万回叫ぶより、真実を1度話すことが重要なのである。3月23日以前の国民が最も被ばくした12日間のデータを公開すべきである。

後に政府・東電は高濃度放射能汚染の事実を一部隠蔽していたことを認めたが、X線フィルムが感光するくらいであるから、公表値以上の高い線量だったことは確かである。全く不誠実な対応であるが、その後も不十分な情報公開の状態が続いている。

そして現在も炉心溶融した3基の原子炉から少なくなったとはいえ放射性物質の飛散は続いているが、収束の兆しは全く見えてこない。

日本の法律上では一般公衆の線量限度は1ミリシーベルト/年であるが、政府は国際放射線防護委員会(ICRP)の基準をもとに警戒区域や計画的避難区域を設け、校庭の活動制限の基準を3.8マイクロシーベルト/時とし、住民には屋外で8時間、屋内で16時間の生活パターンを考えて、「年間20ミリシーベルト」とした。
 
 ※1マイクロシーベルトは1000分の1ミリシーベルト、100万分の1シーベルト
 
 文科省が基準としたICRP Publication 109(2007)勧告では、「緊急時被ばく状況」では20~100ミリシーベルト/年を勧告し、またICRP Publication 111(2008)勧告では、「緊急時被ばく状況」後の復興途上の「現存被ばく状況」では1ミリシーベルト~20ミリシーベルト(できるだけ低く)に設定することを勧告している。
 
 政府は移住を回避するために、復興期の最高値20ミリシーベルトを採用したのである。しかし原発事故の収拾の目途が立っていない状況で住民に20ミリシーベルト/年を強いるのは人命軽視の対応である。

この線量基準が諸兄から「高すぎる」との批判が相次いだ。確かに、年齢も考慮せず放射線の影響を受けやすい成長期の小児や妊婦にまで一律に「年間20ミリシーベルト」を当てはめるのは危険であり、私も高いと考えている。
 
 しかし私は、「年間20ミリシーベルト」という数値以上に内部被ばくが全く計算されていないことが最大の問題であると考えている。

政府をはじめ有識者の一部は100ミリシーベルト以下の低線量被ばく線量では発がんのデータはなく、この基準の妥当性を主張している。しかし最近では100ミリシーベルト以下でも発がんリスクのデータが報告されている。

広島・長崎の原爆被爆者に関するPrestonらの包括的な報告では低線量レベル(100ミリシーベルト以下)でもがんが発生していると報告2)され、白血病を含めて全てのがんの放射線起因性は認めざるを得ないとし、被爆者の認定基準の改訂にも言及している。

また、15カ国の原子力施設労働者40万人以上(個人の被曝累積線量の平均は19.4ミリシーベルト)の追跡調査でも、がん死した人の1~2%は放射線が原因と報告している 3)。

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