福島原発事故における被ばく対策の問題・現況を憂う--西尾正道・北海道がんセンター院長(放射線治療科)
こうした報告もあり、米国科学アカデミーのBEIR−�(Biological Effects of Ionizing Radiation−�、電離放射線の生物学的影響に関する第7報告,2008)では、5年間で100ミリシーベルトの低線量被曝でも約1%の人が放射線に起因するがんになるとし、「しきい値なしの直線モデル」【(LNT(linear non−threshold)仮説】は妥当であり、発がんリスクについて「放射線に安全な量はない」と結論付け、低線量被ばくに関する現状の国際的なコンセンサスとなっている。
さらに、欧州の環境派グループが1997年に設立したECRR(欧州放射線リスク委員会)は、国際的権威(ICRP、UNSCEAR、BEIR)が採用している現行の内部被ばくを考慮しないリスクモデルを再検討しようとするグループであるが、先日の報道では、ECRRの科学委員長であるクリス・バスビーはECRRの手法で予測した福島原発事故による今後50年間の過剰がん患者数を予測している。
原発から100kmの地域(約330万人在住)で約20万人(半数は10年以内に発病)、原発から100~200キロメートルの地域(約780万人在住)で約22万人と予測し、2061年までに福島200キロメートル圏内汚染地域で41万7000人のがん発症を予測している。
しかし計算の根拠とした幾つかの仮定や条件が理解できない点も混在しており、予測値は誇張されていると私は感じている。ちなみにICRPの方法では50年間で余分ながん発症は6158人と予測されている。さてこの予測者数の大きな違いはどう解釈すべきなのか。
また、震災前の3月5日に、米国原子力委員会で働いたことのあるJanette Sherman医師のインタビュー 4)では1986年4月のチェルノブイリ事故後の衝撃的な健康被害が語られている。
彼女が編集したニューヨーク科学アカデミーからの新刊”Chernobyl:Consequences of the catastrophe for people and the environment”によると、医学的なデータを根拠に1986~2004年の調査期間に、98.5万人が死亡し、さらに奇形や知的障害が多発しているという。
また、ヨウ素のみならずセシウムやストロンチウムなどにより、心筋、骨、免疫機能、知的発育が起こっており、4000人の死亡と報告しているIAEAは真実を語っていないと批判している。
これは、(1)正確な線量の隠蔽、(2)低線量でも影響が大きい、(3)内部被ばくを計算していないため、といった原因が考えられる。この大きな健康被害の違いについても、私は内部被ばくの軽視が最大の原因だと考えている。
しかし低線量でも被害が大きいことが隠蔽されている可能性も否定できない。ちなみに原発事故の翌日に米国は80キロメートル圏内からの退避命令を出しており、低線量被ばくの被害の真実の姿を握っていて対応した可能性もある。
内部被ばくの問題
白血病や悪性リンパ腫などの血液がんの治療過程において、(同種)骨髄移植の前処置として全身照射が行われているが、その線量は12グレイ(Gy)/6分割/3日である。しかしこの線量で死亡することはない。
全身被ばくの急性放射線障害は原爆のデータから、致死線量7シーベルト、半数致死線量4シーベルト、死亡率ゼロの『しきい値』線量1シーベルトの線量死亡率曲線を導き出し、米国防総省・原子力委員会の公的見解としている。
しかしがん治療で行われる全身照射12グレイ(シーベルト)では死亡しない。また医療用注射器の滅菌には2万グレイ(=シーベルト)、ジャガイモの発芽防止には150グレイ(=シーベルト)照射されている。こうしたX線やγ線の光子線照射では放射線が残留することはない。
しかしα線やβ線は粒子線であり、飛程は短いが身体に取り込まれて放射線を出し続ける。人体に取り込まれた放射性物質からの内部被ばくでは、核種により生物学的半減期は異なるが、長期にわたる継続的・連続的な被ばくとなり、人体への影響はより強いものとなる。このため、被ばく時当初の放射線量(initial dose)は同じでも人体への影響は異なると考えるべきであり、早急に預託実効線量の把握に努めるべきである。
したがってパニックを避けるためにCT撮影では6.9ミリシーベルトであるなどと比較して語るのは厳密に言えば適切な比較ではない。
画像診断や放射線治療では患者に利益をもたらすものであり、また被ばくするのは撮影部位や治療部位だけの局所被ばくであり、当該部位以外の被ばくは極微量な散乱線である。