やすこの会社には、そうした環境で暮らしている同僚がいた。「『夕食を多めに作ったから』『たくさんいただきものをしたから』と、義母が毎日のように訪ねてきて、2世帯と言っても体のいい同居よ」と、いつも愚痴をこぼしていたので、それだけは避けたかった。
ただ、面と向かって「嫌だ」とは言えず、その場は「そうですねぇ」と話を濁した。
あいさつを終えて、車で家まで送ってもらう道すがら、きよたかに言った。「いきなり2世帯は、ちょっと抵抗あるかな。まずはこれまで話していた通り、2人で都内のマンションを借りて生活してみない?」。
ところが、きよたかは2世帯に賛成しているようだった。
「実家の近くにはスーパーも、公園も、病院もあるし、なんといっても、親が育児のサポートをしてくれる。保育園に預けるにしても病気になったときに親が子どもを見てくれるなら、何より安心だと思うんだ」
出産を経験したやすこの友達は、「子どもが小さなときは、保育園で流行病や風邪をもらってくる」「急に熱が出た時が一番困る」と言っていた。そして、そんな緊急事態でも仕事が休めないときは、「親に子どもを預けて、仕事に行く」という話をよく聞いていた。
確かに親が近くにいてくれたら、心強い。しかし、大学時代からずっと1人暮らしをしてきたやすこは、たとえ2世帯とはいえ、夫側の両親と同じ屋根の下で住む覚悟ができなかった。
やっぱり白紙に戻そう
返事を濁していたのだが、意に反して2世帯の話はどんどん進んでいった。地方に住む親にも相談したが、「2世帯ならいいんじゃないの? それでも高いお金を出して、2人でマンションを借りたいというのは、あなたのわがままなんじゃない?」と言われる始末。
誰も自分の気持ちをわかってくれない。そうなると頑なに2世帯に住むのが嫌になっていった。そこから急にこの結婚をやめたくなってしまった。
「やっぱり、2世帯に住む決心がつかない」
そんなLINEを出すと、きよたかからの返信が来なくなり、そこから3日経って、「やっぱりこの結婚は、白紙に戻そう」という連絡が来た。
やすこは、筆者に言った。「破談になって、ほっとしている自分がいます。きよたかさんは、いつも『父親を尊敬している』と言っていたんです。きっと頭が上がらないのだと思う」。
さらに、初めてあいさつに行ったときに、きよたかの母に言われた言葉にもカチンと来ていた。
「子育てを甘くみないほうがいいわよ。仕事は、やすこさんでなくても代わりの人はいくらでもいる。でも、子どもが生まれたら、母親はやすこさん1人。代われる人は誰もいないの」
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