「宝塚とジャニ」被害者を追い詰めるものの"正体" 意外な人が人知れず追い詰められている

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さらに怖いのは、前述した「ついマイナスなことばかり考えてしまう」「『言われても仕方がない』と思って、ただ終わるのを待つしかない」という状態が常態化したとき。「こんな人生なら終わらせてもいいのかもしれない」「もし生まれ変われたら何になれるのかな」「これより下の人生はないだろう」などと感じる頻度が増えていきます。

最愛の人も絶対的な抑止力にならず

恐ろしいのは、本人にはあまり深刻な感覚がないのに、そのように考えてしまうこと。これは「いつどのタイミングで最悪のケースが起きてもおかしくない」という危険な心理状態であり、ワンランク上の注意が必要です。

実際、自死を選んだ家族の話をしてくれたある相談者さんは、「ずっと普通に生活していたので気づきませんでしたが、実は2年以上ハラスメントに悩まされていたようでした。気づいてやれなかったことが悔やまれます」「でも、こちらからしたら、突然のことすぎて気持ちの整理がつかないですし、本当に死のうと思っていたのかすらわかりません」などと話していました。

自死を選んだ人の中には、「『死にたい』という気持ちはあるけど、『本当に死ぬと決めたわけではない』という人が少なくない」と言われています。遺書を用意せず、翌日の準備もしていて、家族や友人などとの約束もあった。あるいは、最愛のパートナーや幼い子どもがいるのに自死を選んでしまった……。

必ずしも「何かのきっかけがあったから決意した」というわけではなく、これといったきっかけがなくても、その選択に至る危険性があるのでしょう。やはり「周囲の人々が日ごろから声をかけて、できるだけ本音を話してもらう機会を作り、少しでも心を軽くしておく」という日常的なコミュニケーション。さらに、「死にたい」という気持ちになったとき、「最後にこの人と話しておこうかな」と思える関係性を作っておくことが大切なのです。

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