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「徳川家康の暗殺計画」殺害を目論んだ武将の正体 家康の声望が高まる中で起きた大きな危機

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家康が伏見ではなく、大坂城にいたということは、諸大名を威圧するうえで効果的だったに違いない。家康に歯向かう者は、豊臣秀頼に反抗するのと同じという論理がいっそう強調できたからだ。

物事を有利に運んだ家康

家康の後ろには、秀頼がいる。「豊臣政権を支えている」家康。こうした状況を作りあげていくことにより、家康は前田氏を容易に屈服させた。

家康暗殺計画なるものが本当に進行していたか否かは今となってはわからない側面もある。しかし、そうした噂が流れていたということは事実である。その「事実」でもってして、家康はまたしても自らに有利な方向に物事を動かしていったのだ。

(主要参考文献一覧)
・笠谷和比古『徳川家康』(ミネルヴァ書房、2016)
・藤井讓治『徳川家康』(吉川弘文館、2020)
・日本史史料研究会監修『関ヶ原大乱、本当の勝者』(朝日新書、2020)
・本多隆成『徳川家康の決断』(中央公論新社、2022)

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