樹木希林さんに寄り添ったセラピストが語る人生 「私が私でいるために、あなたにそばにいてほしい」

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「希林さんは、自分はこう生きたいはもちろん、最初から、こんなふうに死にたいという死生観がしっかりとある方でした。

だから、私がすることなんて何もなかったはずなのです。一緒におしゃべりして、腕を組んでお散歩しながらよく食事に行きました。けれど、そのおしゃべりの中にたくさんの示唆が含まれていました。

ときどき、希林さんは私に裕也さんのお話をしてくださったけど、『本当に裕也さんのことを愛していたんだな、2人は愛し合っていたんだな』とそばで話を聞いていて感じました」

希林さんとの間に紡いだ関係は、今も続いている

世間的には理解されづらい、不思議な形の夫婦関係だったかもしれない。けれど、希林さんは、「自分が生きるためには裕也さんの存在が必要だった」と。

「娘の(内田)也哉子さんや仲良しの美代ちゃん(浅田美代子さん)も、希林さんを思うからこそ、『2人の夫婦関係は理解できない』なんてよく言ってましたけど……。だからこそ、希林さんは、他人であり、裕也さんのことをよく知らなかった私には、言いやすかったのかな」

希林さんの最期の友人として心に寄り添っていたものの、それは決して与えるだけの時間ではなかったという。

志村さんの著作(撮影:尾形文繁)

「私もいつも希林さんに支えられていました。そばにいた頃、私は『さよならの先』という書籍を執筆中だったんですが、『原稿が完成したら一番に読むよ』とおっしゃってくださって。

帯を書いていただくお願いもしていたので、お言葉に甘えてお送りしたら、すぐに読んでくださって、直接、感想を伝えてくれました。『すごくよかったよ。よく頑張ったね、頑張ったね……』と何度も言いながら、まるで子どもにそうするように、私の全身を撫でながら抱きしめてくれたんですよね。こんなに褒められたことないと思うくらい。いつもたくさんの愛をもらっていました」

希林さんとの間に紡いだ関係は、亡くなった今も続いていると感じている。

「人は死をもって旅立ってからも、その存在で、言葉や思い出で残された私たちを支えてくれている。希林さんだけではなく、今はもう会えない方々にもらった宝物は、まるでエールみたいに、私を守ってくれています」

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