フィリピン・マルコス政権下でジワリ進む歴史修正 政変記念の祝日廃止、教科書の指導要領の変更…

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大統領周辺の意向を受けてか、あるいは忖度してか、教育省カリキュラム開発局は2023年9月6日、小学6年生の社会科の指導要領で、これまで「マルコス独裁」とされていた項目から「マルコス」を削り、単に「独裁」とする方針を示した。

メディアや教員グループの反発に対して、ジョセリン・アンダヤ・カリキュラム開発局長は5日後の下院公聴会で「政治家ではなく、テーマに合わせてカリキュラムを調整している」として、歴史修正には当たらないとの考えを示した。それでも野党議員から「戒厳令下で行われた人権侵害や残虐行為の犠牲者に対する侮辱だ」との批判が相次いだ。

指導要領を反映する教科書の記述や実際の授業がどのように行われるか、2024年度以降の注目点となるだろう。

プロパガンダ映画の連続上映

ボンボン氏の大統領就任以来、マルコス家の視点でシニアの時代を描いた2本の映画が劇場公開され、物議を醸した。2022年8月に公開された「メイド・イン・マラカニアン」と2023年2月に公開された「殉教者か殺人者か」だ。

前者は、マルコス家が国外に追放された1986年2月25日までの72時間を、後者はニノイ・アキノ暗殺事件をいずれもボンボン氏の姉、アイミー・マルコス上院議員の視点で描いている。アイミー氏はクリエイティブ&エクゼクティブ・ディレクターとして両映画の脚本づくりに携わるとともに、主人公として物語の中心にいる。

史実になかったり、根拠が不明だったりする場面が随所に織り込まれている。例えば、コラソン・アキノ氏が政変時の緊迫した状況にもかかわらず、セブ島の修道院で尼僧らと麻雀に興じながら、マルコス家の国外追放を電話で指示するシーン。

ニノイ氏がボンボン氏の母であるイメルダ夫人に思いを寄せていたものの、イメルダ氏がシニアを結婚相手に選んだとの筋書き、ニノイ暗殺がアキノ家周辺の仕業であるとにおわせる描写などなど、マルコス家を被害者として描く一方で、アキノ家を貶める意図は明らかだ。

マルコス派の首長が職員や市民に無料でチケットを配ったり、企業や商工会が大量購入して学校にばらまいたりしたこともあり、多くの劇場で公開されたが、リベラルな学会やメディアからは歴史改竄との批判が相次いだ。

アイミー氏は「歴史を修正するつもりはない、歴史で語られなかった事実、私たちの家族のみが知る事実を映画化したのだ」と反論した。同じ監督によるマルコス家がらみの映画は3部作とされており、近く最終作品が公開されるとみられている。

大統領府敷地内にある「バハイ・ウグナヤン」博物館で、ボンボン・マルコス大統領の半生をたどる展示。父の彫像もある(写真・柴田直治)

現代史書き換えの試みは、父の時代に限らない。

2023年6月1日、マラカニアン宮殿(大統領府)の敷地内の古いビルを改装し、新たなミュージアム「バハイ・ウグナヤン(コミュニケーションの館)」が開館した。主導したのはリサ・マルコス大統領夫人だ。

「マラカニアンへの道」と題した展示で、ボンボン氏の選挙キャンペーンを中心に、父の時代から一家追放、帰国を経て知事選、上下院選に出馬し、大統領になるまでの足取りをたどっている。

大統領選で使ったピックアップトラックやバナーの類、前大統領の娘であるサラ・ドゥテルテ副大統領と共闘する写真パネルが飾り付けられ、選挙時のTシャツなどが販売されている。

マルコス支持者が喜ぶ展示のなかで目を引くのは、2016年の副大統領選にまつわる連続パネルだ。ボンボン氏はこの選挙で対抗馬のレニー・ロブレドに26万票差で敗れた。ところが展示は「異常」と題して選挙不正があったとする記述が並んでいる。

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