フィリピン・マルコス政権下でジワリ進む歴史修正 政変記念の祝日廃止、教科書の指導要領の変更…

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ボンボン氏はこの副大統領選を「史上最悪の不正選挙」と非難し、選挙結果への異議を申し立てた。マルコス陣営が指定した3州で再集計も行われたが、最高裁判事からなる特別法廷は15人の全会一致でボンボンの訴えを棄却した。

シニアを顕彰する施設は出身地の北イロコス州にいくつもある。財団などの形で運営されているそれらの施設と違って、「バハイ・ウグナヤン」は政府の資金で設置、運営されている。公金を使った施設で、司法によって否定された選挙不正を現職の大統領側が言い募るさまは異様だが、訪問者から疑問の声は聞こえてこない。支持者以外が訪れることはまれだからだろう。

息子に託された名誉回復というミッション

ボンボン氏は大統領選以来、「団結」を掲げ、「分断は避けるべきだ」と繰り返している。外交などでも「敵はいない」とソフトに語りかける。

革命記念日の祝日外しや指導要領の変更、映画製作で前面に立つのは役所や関係者であって大統領本人ではない。指示なのか、忖度なのか、黙認なのか、ボンボン氏自身の関与の具合は不明だ。

歴史の書き換えを先導するのはトロール・ファーム、トロール・アーミーと呼ばれるSNS上の「荒らし集団」である。大統領選以前から組織的な大量投稿でマルコス陣営を支援するとともに対立陣営を攻撃し、選挙圧勝に大きく貢献した。インフルエンサーらもアテンションエコノミーのなかで巨額の利益を得てきた。

彼らは、偽情報も交えて独裁政権時代の人権侵害や不正蓄財を否定し、当時は治安がよく経済も好調だったという言説を流布する一方、アキノ家やリベラル派を口汚くののしり、政変による民主化を貶める。生み出されるフィルターバブルのなかで史実はあいまいになる。

イメルダ氏は、半生を描いたドキュメンタリー映画「キングメーカー」のなかで、ボンボン氏の大統領就任は「運命だ」と語っている。実際に息子がその座を手に入れる数年前の予言だ。

一家の名誉回復こそが、母から息子に託されたミッションである。マラカニアン宮殿への凱旋を果たしたいま、政府機関やメディア、SNSなどを通じて不都合な過去を消し去り、一家のイメージを美化する試みが一歩ずつ着実に前進している。

ボンボン氏の任期が終わる2028年までに現代史がどのように書き換えられ、なにが既成事実化しているか、観察を続けたい。

柴田 直治 ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

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しばた・なおじ

ジャーナリスト。元朝日新聞記者(論説副主幹、アジア総局長、マニラ支局長、大阪・東京社会部デスクなどを歴任)、近畿大学教授などを経る。著書に「バンコク燃ゆ タックシンと『タイ式』民主主義」。

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