ブラック組織からの逃げ方まで指南している易経 「君子豹変」「虎視眈々」日常に潜む古典の言葉

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身の回りを見渡せば、神社の手水舎や、額に掲げられている「洗心」という言葉は、「易によって心から私欲を洗い流し、無意識下に潜り込む」という意味であり、高島に言わせれば、誠にアクセスする作業ということになる。

また、日常生活でよく耳にする言葉も『易経』を出典としており、「講習」は「友と議論を交わしてすぐれたところを真似する」、「観光」は「国のすぐれた点を仰ぎ見る」、「同人」は「志を同じくする仲間と官職を超えて交わり、理想の社会実現を目指す」、「虎視眈々」は「虎が獲物を狙うように、よそ眼をくれず徳を養う」という意味で、そのように生きれば、未来が開けていくというヒントが、日常語の中に隠れている。

一方で、『易経』を悪用したものとしては、「豹変」がある。これはもともと「君子豹変」と言い、「すぐれた人は、社会通念や成功体験にとらわれず、豹の毛がつややかに生え変わるように、一気に間違いを直すものだ」という意味であったが、とある代議士が変節した際にこれを用いたことから、いきなり前言を撤回して居直る様子を指す言葉になってしまった。だが、『易経』は続けて「だが、つまらない人間は、私益を得るために顔つきだけあらためる」と書いてあるから、こうした人間が出ることもお見通しなのである。

案外使える「中国思想」の考え方

このように、意外にも日本社会には『易経』の言葉があちこちにあり、その言葉をヒントにして、生き方や進み方を変えることができるように、工夫がこらされている。

『易経』のみならず、身の回りの何気ない言葉に、案外に使える中国思想の考え方が眠っている。「東洋思想の叡智」とまで大上段に構えるつもりはないが、もしもこれを読んで中国思想を人生やビジネスの武器として使い、ピンチをチャンスに変えられるかもと、少しでも明るい気持ちに変わった読者がいれば、筆者としてはそれだけでとても嬉しい。

大場 一央 中国思想・日本思想研究者、早稲田大学非常勤講師

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おおば かずお / Kazuo Oba

1979年、札幌市生まれ。早稲田大学教育学部教育学科教育学専修卒業。早稲田大学大学院文学研究科東洋哲学専攻博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。現在、早稲田大学、明治大学、国士舘大学などで非常勤講師を務める。専門は王陽明研究を中心とする中国近世思想、水戸学研究を中心とする日本近世思想。著書に『心即理―王陽明前期思想の研究』(汲古書院)、『近代日本の学術と陽明学』(共著、長久出版社)などがある。

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