そこからは学校に行かないという選択が奏功したようで、ありとあらゆる勉強法を試したそうです。その中で自分に合う勉強法を採用していった結果、自宅勉強2年目(高校2年生)の中頃には、勉強時間が1日11時間程度で安定したそうです。
「この1年の自分はのんびり勉強ができました。普通の高校だと、1年に3~4回程度は自分の成績を問われて向き合わないといけませんが、自分は結果を求められない環境だったので、さまざまな勉強法を模索できてよかったと思いました。また、東大はドイツ語で受験をすると楽だと気付いたので、ドイツ語の勉強に集中できたのはよかったですね」
高校3年生と同じ歳にあたる自宅勉強3年目も、2年目と同じように365日、24時間ずっと同じルーティンを繰り返したそうです。
「模試は偏差値40台~50台でずっと低かったのですが、実際の実力を表していない数字だと思っていました。過去問だけ愚直にやっていればいいと思っていて、実際に解けるようになっていったので。センター試験でも対策をほぼしていなかったのですが786/900点でしたし、東大文Iの試験本番もよくできました。受かったと確信しましたね」
受かったと確信した一方で…
当時はネット上でも合格発表を確認できるようになっていましたが、確実に合格していると思っていた神田さんは、どうせなら現地で受験番号を確認しようと思い、掲示板の最前列に行きました。しかし、無情にもそこには自分の数字がなくて、衝撃を受けたそうです。
「びっくりしました……当日はもう、どう帰ったのかすらも覚えていません」
青春を捨てて3年間東大合格のみに懸けてきた神田さんは、最低合格点から10点足りずに不合格という無情な現実を突きつけられ、悲嘆に暮れる日々を送ります。しかし、立て直して状況を受け入れた彼は浪人を決断しました。
「それしか道がなかったんです。高校で得られるものを犠牲にして、自分や、自分のような人が救われる学校を作るために東大を目指していたので、東大に行けないのはありえないと思っていました。絶対に行かなければならなかったし、絶対に高校に行かなかった3年間を取り戻したいと思ったんです」
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